short | ナノ


人間の死期を見て、魂を狩る存在。

普通の人には見えないけれど、「それ」は確かに存在していた。
ただ、決められた運命に沿って、黙々と楽しくもない仕事をこなす存在。
大して対象に思い入れもなく、他の奴等と比べても全くと言っていい程抵抗が無かったその行為に、苦しさを抱き始めていたのは一体何時からだったんだろう。

自覚した時にはもう、

全て、遅かったと知った。






手元の手帳には、新たな獲物が記されていた。どうやら、此処から直ぐの場所で、かなり大きな交通事故が起きるらしい。
早くしないと、他の同業者に仕事を取られる。そう思ったグレイは、髪色と同じ漆黒の翼をばさりと広げ、手に持つ鎌を少し撫でてから飛び立った。




「あれ、グレイも来たの?」

目的地に着いた瞬間に掛けられた声に、彼は思わず舌打ちをする。

「………先を、越されちまったか……」
「そーゆーこと。残念、もう残ってないよ」

今回は僕の勝ち。そう言って笑った同業者―――その死神の名は、ロキ。
その物騒な職業名からは想像もつかない甘いマスクからは、とても数々の魂を狩ってきたかなど感じ取れない。
彼はどちらかというと、魂を「狩る」というよりは「送る」という概念で行動している様だけれど。
何にせよ、自分と仕事量を争っている立場からすれば、今回の収穫はかなり嬉しいものだったらしい。
こちらも勝負というからには負けていられない、と喧嘩好きの気性が引き受けてしまった賭けだったが、人間に対して何の感情も示さないグレイに、仕事量において勝てた者はいない。
この程度の差なども直ぐに取り返せるだろう。

「ったく……」

また別の所かよ、めんどくせーな…。
そう言って、グレイは再び翼を広げ、空へと舞い上がった。ロキも同じように翼を広げる。あの容姿に黒い翼というのはとてつもなくアンバランスな見た目だが、本人は意外と気に入っているらしい。

「じゃ、今回は僕の勝ちね。君さ、ちょっと長期の仕事でも見付けて、軽く休憩したら?」
「はぁ?何で。休憩も何も、仕事しなきゃする事なんかねーだろーが」
「全く、君は分かってないねぇ。女の子はもっと大切にしないと」

君だって、見た目は良い方なんだから。
軽々とそんな事を言うロキに、グレイは口の端が引き攣るのを感じた。こいつは本当に死神か。





死神は、それぞれが持つ手帳に記された人の魂を狩りに行く。
記された人物が、あと一日でその命を終えるのか、それとも半年後か。それは、死神としてその役目を全うし終えるまで分からないという訳ではない。
それなりに生き、経験を積んだ死神ならば、何となく命の価値が分かるのだ。
だからグレイやロキ、それにグレイと同じく人間に対してほぼ感情を抱かないリオンは、生命を感じ取って、出来るだけ直ぐに始末のつく魂を狩ってきた。
だがグレイ自身、自らの力が弱り始めているのは僅かながら感じていた。恐らく過度な仕事による疲労だろう。
それを見抜いたロキは、やはり流石と言うべきか。
それに、たったあの距離を飛ぶだけというのにロキに負けたのだ。正直、自分の勝手なプライドが、これ以上の失態を許さなかった。
あいつの言う通り、少し楽な仕事を選ぶか。
手元の手帳を見下ろし、グレイはまだ生命を強く感じるターゲットの元へと、翼をはためかせた。





「…………つっまんねー……」

そう呟き、ごろりと寝返りを打つ。激しく動けないのは分かっているけど、自分は育ち盛りのやんちゃなお子様だ(お子様と認めたくはなかったけれど)。
こんな狭い部屋の中で一日中過ごすなど、拷問以外の何物でも無い。
何か面白い事でも起きねーかなー…。
此処に入院して既に一年が経過していた。残念ながら、この状況に慣れる見込みは全くない。
今日は確か学校もテスト週間で、よく見舞いに来てくれるルーシィやエルザ、エルフマンやラクサスも(ラクサスが勉強しているとは思えないが)来れない。
つまり、今日は天井と睨み合いっこをして1日を過ごすしかないのだ。

「あーつまんねーの……って、ん?」

何気なく窓を見た先。

少年―――ナツ・ドラグニルは、黒い翼を持つ不思議な生物が、空を飛んでいくのを見た。






「あ!」
「……………は?」

少し休養を取ろうと、比較的まだ生命力の強い人間の所へ行った矢先。
オレは、奇妙な奴に出会った。

「お前、この前外飛んでた奴だよな!」
「…………は…………………え?」
「え?違うのか?だって羽生えてるし、やっぱお前天使だな!」

アホか。
黒い翼を持つ生物の何処が天使なんだ。
というかそういう生物が居ること自体おかしいだろう。
色々な感情が渦巻いて、とにかく呆気に取られていると、そいつはとにかくペラペラとしゃべり続けた。

「うわー、久し振りに話せる奴に会えたー」
「…………」
「つかさ、お前どっから来たんだよ?窓からとか、すげーなお前」
「…………………」
「で、お前、名前は?」
「………………馬鹿だな」
「んだとぉ―――!?」

少年が叫ぶ。一体なんだこいつは。

「お前……オレが見えるのか?」

人間に、死神の姿は見えない。見える奴は、偶然霊界と波長が合ってしまっている者か、霊感の強い者―――所謂霊能力者だ。
思ったとおり、奴は普通に答えた。

「当たり前だろ?何言ってんだお前」

………こいつ、人間として大丈夫だろうか。
少なくとも、オレは窓から入って来た不法侵入者だ。
生物学的に有り得ない生物だ。
魂を狙うターゲットながら、オレはこいつの行く先を案じていた。





「で?フルバスターはさ、何年生きてんだ?」
「……オレなんかまだ若い方だ。確か、―――…250年、くらい?」
「それって、確か平安時代くらいじゃねーか!なっがいきだなー、お前!」
「…………そうだったっけか?」

その平安時代、とやらは確か、1000年以上前の時代だと聞いていたが。

変な奴に出会って、2日経った。
そいつはどうやら、一年近くこの病院に入院しているらしい。
オレはナツだ!と元気良く言ったそいつに、オレは渋々フルバスターだ、と返した。本名だけは教えてやるつもりは無い。
死神の本名は、人間に呼ばれればその行動を縛る鎖となる。
取り敢えずこの馬鹿には、オレは天使だと言っておいた。それをあっさり信じて、やっぱりなー等と言うこいつにはもう何も言わなかったが。

「おーい、ナツー!」
「元気か?」
「おう!ひっさしぶりだなー!」

ドアが開き、二人の少女が入って来る。こいつ、意外とモテるんだな…と関係ない事を考えながら、グレイは面会が終わるまで、取り敢えず彼等を観察しておく事にした。ふと、ナツがグレイを振り返る。

「おい!お前も、挨拶すればー?」
「えっ?どうしたの、ナツ」
「やめとけよ。普通の人間に、オレは見えねーから」
「そーなのか?……てかオレ、普通の人間じゃねーの?」
「知るか」
「おいナツ。一体誰に話し掛けている」
「んーとな、天使」
「天使ー?」

そういった話が好きなのか、ルーシィと呼ばれた少女がその瞳をきらきらと輝かせた。

「ほう…良くはわからんが、私はエルザだ。えー……」
「フルバスターだって」
「へー!あたしはルーシィ、よろしくね、フルバスターさん!」
「おい、オレ暫く戻んねーから」
「はぁ!?何だよ急に」
「どうしたの?天使さんに何かあった?」
「どうかしたのか?」
「いや何かアイツ、急に変な事言い出した」

ナツが不満そうな顔をして愚痴を言っている隙に、グレイはふわりと窓から飛び立った。
何だか、あの場に居たくなかった。





「遅ェ!」
「はぁ?………んだよ、急に……」
「っんで一週間も居なかったんだよ!」
「はぁー?だから、北海道行って沖縄ぐるっと回って帰ってき―――」
「それは"暫く"って言わねーの!」

急に出て行ったフルバスターを心配していたら、一週間も経ってから帰って来やがった。
しかも、こんなのまだ早いほうだろとか言いやがって!
そりゃー何百年も生きてる奴から見たらそーかもしんねーけど、まだ十数年しか生きてないオレからしたら、遅すぎるくらいだっつーの!
そう抗議していたら、フルバスターの顔があからさまに面倒臭そうになってったから、取り敢えずもうやめておいた。

「つか、そうだ。気になってたんだけどよ、天使ってどーゆーことすんだ?」
「仕事か?」
「そうそう」

何気にずっと気になっていたのだ。特に、自分は普通の人間じゃないと言われた辺りが。

「あー…」

少し奴は考えて、「人間の魂を天界に送ってる」と言った。成程。

「地獄には送んねーの?」
「知らん。管轄外だ」
「か……かんかつ?」
「後で辞書引いとけ」

素っ気なく繰り返される会話が、オレには心地良かった。
幼い頃に両親を事故で亡くして、直ぐに良く分からない病気にかかって入院したオレには、こうして気軽に話せる友達は中々出来なかった。
ほんの数週間だけ行った学校で親切にしてくれた仲間達は、今でも見舞いに来てくれるけど。

「……あ、わり。ちょっと出てくんな」
「また一週間も?」
「そんな掛かんねーよ」

そう言って、何故か奴は少し悲しそうな笑みを寄越した。
黒い翼が、また旅立つ―――。

「………そういや、普通の人間じゃないって、どーゆーことだったんだ?」





「あれ、グレイ?」
「ロキか…」

可愛い人間探しに気ままに空をふらふらと飛んでいたら、漆黒の容姿を持つ彼を見つけた。
どうやら物思いに沈んでいる様で、何処かぼんやりと返事を返される。

「どうしたの、こんなとこで」
「…………いや、別に」

彼は考えを振り切る様に少し頭を振ると、改めてこちらを見た。

「で、お前は?またナンパって奴か?」
「うーん、まぁそんなトコ」

死神に目ェつけられるたァ、人間も苦労もんだな。
そう言って僅かに苦笑した彼に、僕は驚いた。
人間なんて全く興味がなかった、あの彼が。

「グレイ…何かあった?」
「はぁ?」

端正な顔がこちらを向く。

「何か……雰囲気、優しくなったよね、君」
「………そうか?」

これまでの冷たい印象を持つ容貌が、僅かに不思議そうに歪む。それだけで、何処か可愛らしい印象を持たせる彼は、見ていて飽きない。

「まあ、何でもいいけど。そーいや君、長期の人間に付いてんでしょ?頑張りなよ」
「まあ、あと2日だ。確か」
「あ、そーなの?じゃあ僕も頑張んないとね」

あっそ、頑張れよ。
そう言って、彼は本当に僅かに、笑った。




「なぁ、フルバスター」
「………あ?」
「お前さ、オレを迎えに来たんだろ」
「何で」
「だってさ、すっげー辛い顔してんじゃん」

運命というものは、とてつもなく残酷で。

これまで、オレは人間に、何の感情も抱かなかった。
だからこそ、仕事に打ち込めていたのに。
こいつは、本当に―――。

「オレさ。お前に会えて、本当楽しかったんだぜ?」
「―――……ああ」
「友達出来たって、嬉しかった」
「そうか。―――なぁ、ナツ」
「ん?」
「オレ、幾つかお前に、嘘ついてた」
「何だよ」
「オレは、天使じゃねぇ」
「じゃあ何?」
「オレは死神だ」
「そっか。まだあんのか?」
「二つ目。オレの名前、本名は―――グレイ、ってんだ」
「そっか」

いい名前だな。そう言って、彼は笑った。

「でも、もうオレさ」

駄目かも、しんねぇ。
眠いんだ。そう呟いて、彼は静かに目を閉じた。
魂を狩る気は、しなかった。





「ねぇ、ナツが、目覚まさないって!どういう事!?」
「…………元々、我々が予想していた時よりも半年も長く生きていたんです。それだけで、奇跡としか……」
「そんな、そんな……」

ルーシィが泣き叫び、エルザがその背を撫でる。その近くには、ナツの友達なのだろう、沢山の人が集まっていた。
こんな光景は、今まで何度も見てきた。なのに。
それを、悲しいと思う自分がいる。
ナツに絆された結果か。
自嘲気味に鼻で笑いながら、オレはベッドの上で点滴を繋がれながら眠る、桜色の少年を見た。

禁忌。
それを犯したものは、一体歴史上で何人居るのだろうか。
自分とは無縁だと思っていたその言葉と、こうして向き合うことになるとは。
自分があの桜色に、普通の人間とは全く違う感情を持っているのは確かな事だ。
自分は、あの魂を狩れはしない。
一生、後悔を背負って生きていくのならば。
肌身離さず持っていた、魂刈りの鎌を落とす。

崩壊の、音がした。







「グレイが、禁忌を……!?」
「どうやらその様だ。ったく、あの馬鹿者め……」

彼の兄のような存在であるリオンは、忌々しげに舌打ちをした。

禁忌。

己の魂と引換に、別の器に魂を注ぎ込む行為。

グレイが、それをしたというのか。

だが、何だか納得出来る気がする。
最後に見た彼の人間に対する感情、あれは長期対象の人間によるものだろう。
不慣れな感情に気付かされ、他のものに感じるものとは違う想いを持った。

禁忌を犯すだけの価値がある想いを。

感情を感じない、ということに、そんなリスクがあったとは。
目の前にいる銀髪の彼も、そういった意味では危険だという事か。
消え失せたであろう彼に、ロキは遠く想いを寄せた。

彼が魂を注ぎ込んだ相手は、一体誰だったんだろう―――。


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