short | ナノ


「貴方…」

深夜。
ギルドから自宅への道を急いでいる途中、急に知らない女の声がした。
声の主を探そうと、声の聞こえてきた路地を振り向く。

「リオン・バスティアね?」

そこに居たのは、黒髪の女だった。
初対面の筈なのに、何処か懐かしさを感じる女。

「お前は…」
「あら、はじめまして。そうか、貴方は私の事を知らなかったわね」

反射的に造形の構えを取るリオンに、女は少し微笑んだ。

「私はウルティア・ミルコビッチ。貴方の師、ウルの娘よ」
「ウルの…娘?」

思わず目を見開くリオン。それを見て、ウルティアは懐かしむ様に目を細めた。

「懐かしいわね…初めて会った時、グレイも同じ様な顔をしてたわ」

今は行方知れずとなっている弟弟子の名に、リオンの顔が無意識に真剣味を帯びたものになる。
最後に会った時、彼はウルの娘に会ったなどという事は言っていなかった。
この女は、一体いつ、グレイに会ったというのか。
いや、それよりも。

「お前…本当にウルの娘か?」
「信じてくれないのね…仕方ないけれど」

ウルから、娘が居たという事は聞いていた。
だが、死んだ筈ではなかったか。

「まあ、論より証拠、って言うわよね…」

ウルティアはそう言うと、造形の構えを取った。

「アイスメイク…」

其れは、かつてウルが取っていた構えと同じもの。

「薔薇の王冠」

幼い頃に見た、ウルと全く同じ造形魔法が、目の前に現れた。

「お前…それを、何処で…」
「だから!私はウルの娘よ?こんなの、ちっちゃい頃から見慣れてるんだから!グレイはもっと物分かり良かったのにねー」

呆れた目でこちらを見てくるウルティアに、リオンは腹が立ってきた。
間違い無い。この造形魔法に嫌らしさ、確実にウルの娘だ。
まあ、もし騙されていたとしても、自分もこの数年で相当な実力を付けてきた。返り討ちにでもしてやればいいだろう。

「…分かった。お前がウルの娘だという事は信じよう。しかし、死んだ、と聞いていたが」
「あぁ…まあ、要するに、騙されていたのよね、母も私も…取り敢えず、今日はそんな事を報告しに来た訳じゃないのよ」

とにかく自分の都合の良いように話を進めようとして来る。
そんな所も母親譲りか。
段々、この女がウルの娘だとしか思えなくなってきた。
自分の疑問は答えられていない気がするが、自分も気が長い方ではない。
さっさと終わらせてしまおう。

「で?その用事とは何だ」

そう聞いた途端、ウルティアの顔が真面目なものへと変わる。

「…妖精の尻尾―――天狼島が、アクノロギアのせいで消滅したのは知ってるわね」

頷くリオン。

「私は、グレイに救われたの。だから―――貴方にも協力してもらって、天狼島を探したい。グレイへのお礼と、私の罪滅ぼしも兼ねて」

弟弟子は、一体彼女に何をしたのか…。
前々からお人好しな奴だと思ってはいたが、一応初対面の人物を救うとは。
警戒心は無いのか。

「弟弟子が何をしたかは知らんが、何か…手掛かりを知っているのか?」
「まぁ…天狼島の場所くらいなら」
「大体、生きているかすら分からんのだぞ?これだけ探しても見つからんというのに、今更貴様が加わった所で…」
「あら…」

少し悪戯っぽい視線を投げるウルティア。

「素直じゃ無いのねぇ…」
「は?」
「信じてるんでしょ?グレイが―――妖精の尻尾が消える筈なんて無いって」

苛々して来る。
言っている事は別に間違いではない(言いはしない)が、この人をからかう様な言い方。
ウルにそっくりだ。

「まー、いいけど。とにかく、私達―――魔女の罪っていうんだけど、私達と蛇姫の鱗で情報交換をし合う、ってのはどう?」
「……お前が信用出来るという証拠は?」
「え…まだ信用してなかったの?」

何だか、無駄な対抗心を燃やしてしまった。
こちらの心の内を読んだのか、ウルティアは少し哀れみを込めた目を向けてくる。

「ま、とにかく、こちらが信用できないと判断したら、嘘の情報でも何でも流して頂戴。待ち合わせは毎月今日と同じ日に、此処で」
「分かった。その申し出、受け入れることにしよう」

頭を下げると、ウルティアはホッとしたように笑った。

「良かったわー、私達あんまり表立っては動けないのよね。でもその分、こっちは裏の情報、手に入れやすいから」
「…は?」
「あ、ううん、こっちの話よ」

どうやら、余り良い立場には居ないらしい。
ギルドに表立って来ないで、こうして真夜中にこそこそと接触して来る時点で、そうなのではないかと思ってはいたが。

「なら、この話、余り周りにはしない方が良いんだな?」

そう言うと、ウルティアは少し驚いた様に目を見開いた。

「あら、意外と察しが良いのねー」

何だかさっきから、物分かりが悪いだの素直じゃないだの察しが良いだの、勝手な事を言われまくっている気がする。
だが、それを問い詰めてもこの女は碌な答えを返さないだろう。
それじゃ、と言って直ぐにコートを翻した彼女を見送って、リオンは深々と溜息を付いたのだった。




「それじゃあ、妖精の尻尾は見つかったのね?」
「ああ…七年前と全く姿が変わっていなかったからな、驚いた」

ウルティアと出会って、既に数年が経過していた。
こうしてこっそりと会うのも、今ではもう慣れたものだ。

「でも、まさか青い天馬に先を越されるとはねー」
「あちらの機動力と情報収集力には適わなかったな」

今日は、妖精の尻尾の帰還を知らせに来たのだ。
結局、あれだけ疑っていた事が馬鹿に出来る程に、自分達は互いの情報を交換し合っていた。
暫くしてから知った事だが、彼女はどうやら、正規ギルドでも闇ギルドでも無い独立ギルドに所属しているらしい。
最近、たった3人で数々の闇ギルドを壊滅させているらしいギルドがあるらしい、という噂を聞いて、そのギルド名を調べてみた所、何と魔女の罪、というではないか。
表立っては動けない、というのはこういう事か。
微妙に納得した気持ちになりながら、本人に尋ねてみた所、意外にあっさりと肯定の言葉が返ってきたものだから、少々拍子抜けしたものだ。

「うーん、じゃあ、私も会いに行こうかしら、妖精の尻尾」
「お前…大丈夫なのか?」
「大魔闘演武のことで、ちょっと頼みたい事があるのよ。そのついで」

大魔闘演武。彼等が居なかった7年の間に出来た祭りだが、現在妖精の尻尾がフィオーレ最弱ギルドだと知ったら、一体彼等はどんな反応をするのだろうか。
驚愕した弟弟子の顔を見てみたくはある。
ついでに言うと、先程出会った水色の髪の少女の顔を見てみたくもある。

「だが…奴等、7年前の実力のままだぞ?」
「ふふふ、ちょっと考えがあってね」

悪戯っぽく笑う彼女は、何処か楽しそうで、自分と同類の―――グレイに対するからかいを楽しむ傾向を感じる。
ふと、ウルティアがこちらを見て、にやりと笑った。

「貴方、今、グレイをからかってやろうって思ったでしょ」

僅かに浮かんだ驚きの色をウルティアは見逃さなかった様だ。
その笑みが、確信めいたものに変わった。

「ふふん、良いのよー?そうよねぇ、弟は虐めたくなるものよねぇ」
「なっ、弟!?」
「あら、違うの?私はグレイの事、弟みたいだって思ってるけど」

何ということを言うのだ、この女は。
我ながら、何故か否定出来ない辺りが悲しすぎる。
思わず目を逸らすと、ウルティアの笑みがさらに深くなった。

「あらまあ…グレイも愛されてるわねぇ…」
「……うるさい」

全く。
本当に、手の掛かる弟弟子だ。





グレイをとある店の前に呼び出したものの、二人してその店に入る気にはなれなかった。
その結果、屋根の上に登る。気付くとグレイは服を脱いでいた。どうやら、本人は気付いていない。
はしたない奴だ、と言うと、こちらを見たグレイから、お前には言われたくねぇよという返事が返ってきた。
その言葉に自分の上半身を見れば、生肌が目の前にあった。
思わず目を見開くリオンに、グレイは腹を抱えて爆笑する。
一体何時脱いだというのか。
全く身に覚えの無い現象に、思わず自分の師を恨む。
とはいえ、何処で脱いだのかも分からないのだ。暫くはこの格好でいるしかないだろう。
この状況に全く恥じらいの無い弟弟子が信じられない。

「で?話って何なんだよ。お前がこんなに改まって呼び出すとか、珍しいな」

一体どんな大変な話だ、と真剣に尋ねてくるグレイに、リオンは彼を弟の様だと言った女の事を思い出す。



『幾ら妖精の尻尾と面識があると言っても、やっぱり私達、あんまり良い印象ないからね』

妖精の尻尾の帰還を報告したあの日。
表に立っては動けないと言いながら、正規ギルドに会いに行くという彼女に、一体どうやって近付くのかと聞いた所、返ってきた答えがこれだった。

『だから取り敢えず、私が今、どんな活動をしてるかってだけでも、グレイに伝えておいて欲しいのよ』
『伝えるだけか?』
『ええ。突然よりはまだマシだしね。それに、きっとグレイなら分かってくれる筈』

そう言って、ウルティアは笑った。

『恐らく、貴方に会うのは、これで最後になるんじゃないかしら』
『……まあ、契約は妖精の尻尾が見つかるまで、だったしな』
『それもあるけど。大魔闘演武の間、私達、ちょっと忙しくなるからね』

そういえば、毎年この時期は、会う時間も短かった気がする。

『そうか…とにかく、グレイには伝えておく。会えなくなるのは残念ではあるが―――』
『お!そんな風に思ってくれたの?』

思わず言葉が詰まる。
失言だ。

『あらー、良いわよ?私もそう思ってたから。どうせなら、私と貴方とグレイと、3人で話してみたかったともね』

否定はしなかった。
その想いは、自分にも良く覚えがあったから。

『……オレ達、似た者同士かもな』
『あら、今更?』

私はずっと前から気付いてたわよ、そう言って、彼女は笑みを浮かべた。

『私は、応援には行けないけど』

健闘を祈るわ。
ウルティアが、初めて会った時と同じ路地へと歩き出す。

『あぁ……元気でな』

何時もの様に、コートを翻したウルティアを、リオンは何処か懐かしむような目で見送った。



出来ることならば。
3人で、もっと我が儘を言うならウルを入れて4人で、話してみたかった。
でも、自分達はもう、叶うはずの無い夢を見る様な子供じゃ無い。
だから、今は、自分に出来る事をしよう。
3人が何処かで繋がっていられるように。

「ウルティアとメルディという女を知ってるか?」





「リオンから聞いてはいたが…お前今、こんな事してたんだな」

妖精の尻尾と再会して、私とグレイは他の皆から離れた所で話していた。

「あら、リオンが?」

つい、悪戯心が発動する。
決めた。リオンとは知り合いだってこと、グレイには隠しておこう。

「ま、でも、良いんじゃねーか?正規になれねーのは残念だけど」
「私達を許してくれる人が居るだけで十分よ」

私の罪は、そう簡単に償えるものじゃない。
だから、出来る事を少しずつやっていこうと決めた。

「貴方にも会えたしね」
「………はぁ……?」

イマイチ良く分かっていない顔で、グレイが間抜けな声を出す。
敵だった事なんて全く気にしていないその表情に、私は心が安らぐのを感じた。
どうせ今頃、ジェラールはエルザとラブラブしているだろう。
だったら、早めに引き剥がした方が良いかもしれない。
ジェラールは、必ずエルザを突き放すだろう。

「とにかく、帰還おめでとう」
「お、おう…ありがとう」

面食らった表情のグレイ。
やっぱりこの子は、弟みたいだ。

「それじゃ、私はそろそろ行くわね。短かったけど、話せて嬉しかったわ」
「オレもだよ。また―――今度はリオンも入れて、話せたらいいのにな」

リオンと私は、似た者同士だと思う。
でも、グレイも一緒だ。
私達は、本当に、

「―――3兄弟みたいね」

小さく、ぼそりと呟いた言葉は、グレイには聞き取れなかったらしい。
不思議そうな目で見つめて来る彼に対して、抱くこの感情は、
やっぱり、姉としての感情だと思う。


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