何度目かわからないため息をつく。想像を超える気味の悪さ。夜の校舎を甘く考えすぎていた。幽霊とか信じてる訳じゃないけど、あながち嘘ではないのかもしれない。人体模型くらい、走っていてもおかしくなさそうな雰囲気だ。



『自業自得、なんだけど』



自分に言い聞かせながら来たルートを後にする。後は帰るだけだ。机の中に宿題を忘れて帰ってきたことに気が付いたときは、もう夜も更けていた。勢いで取りに来たものの、まるで肝試し気分。校舎から出ると、安堵を含んだ最後のため息をついた。
早く帰って宿題して寝よう。駆け出そうとしたとき、パコンと近くから音がした。私以外にも誰かいるのだろうか。さっきまでの恐怖心はどこにもなく、ただの好奇心だけで音がした方を覗き込んだ。



『あれって…』



跡部だ。ウチの生徒なら知らない人はいないだろうって程の有名人。そんな私だって話したこともなければ、同じクラスになったことすらない。
結構ふざけた人だと思ってたんだけど。
壁打ちっていうのだろうか、跡部は一人汗を流しながらただただ壁に向かってボールを打ち込んでいた。なんだか意外。ただの我が儘おぼっちゃまじゃないんだ。



「…誰だ」
『わ、やば』



隠れる時間もなく、あっという間に見付かってしまった。決して怪しいものではないと言ってみるも、更に怪しさが増してしまった気がして、なんだか寒気がした。



「何を訳の分からないことを言ってるんだ」
『や、なんか…すみません』
「お前のことくらい知っている。隣のクラスの苗字だろう」



不意に名前を呼ばれたことにキョトンとしていると、生徒の名前くらい知っていると付け足した。そっか。すごいな。私なんて、隣のクラスの人の名前どころか顔すら分からない人がいる。記憶力までいいとは。みんなが非の打ち所がないって言うの、少しわかった気がする。



『努力家さん、なんだね』
「俺様は当たり前のことをしてるだけだ」
『うっわ跡部のイメージ壊れそー。ただの偉そうな奴だと思ってたのに』



跡部は苦笑いしたあと、そんなイメージ壊してしまえと呟いた。そしてなにやら帰るみたいだ。しゃがみ込んで鞄にラケットを直している。あんまり見すぎていると怪しまれそうなので、空を見上げた。



『わあ…』
「すげぇ星だな」



無数の星が夜空に散らばっていて、私も跡部もつい息を飲んだ。まるで夜空に花が咲いたみたい。ただただ二人空を見上げていた。言葉なんて出なくて、美しすぎる景色を瞳に焼きつけておこうと思った。
さてと、そう呟くと跡部は自分の荷物を手に持った。



「もう遅い。送ってやる」
『ありがと。でも空見ながら歩いて帰るよ』
「なら、俺も歩く」



そう言って跡部は私を置いて歩き始めた。待って、そう言って隣に並ぶと少し歩くペースを落としてくれて。紳士だなあと思ったりもした。



『意外と私と帰りたかった、だけだったりして』
「…ああ、そうなんだ。実は」



ポカンと口を開けたまま足を止めてしまうと、跡部は振り返りフフンと笑った。即座に状況を理解できない私の顔は赤くなっていくばかり。



「からかわれっぱなしは、性に合わないんでな。仕返しだ」
『なっ…!』



背中を叩いてやると悪かった、と笑いながら謝ってきた。この男、絶対反省してない。話すのに夢中で夜空を見ることも忘れている私。家に帰って後悔することも知らずに、私と跡部の笑い声が響く帰り道となった。

夜空に咲く


(手を伸ばしたら、触れられそう)

いとこに捧げます。
かなり遅れたけど誕生日おめでとう!

back
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -