時計の秒針の音だけが室内に響く。いつも賑やかな部室も、俺一人やったら心なしか広く感じたりもする。それにしても、時間を潰すってのも意外と難しい。予定より早く終わった部活。帰るのにはまだ早い。週一の楽しみを見つけたからには、そんな早く帰るわけにもいかんくて。
でもそろそろか。一時間ほど時間を潰したところで部室を出る。意識するとどうもそわそわしてまうな、平常心平常心。夕焼けに包まれると、妙に高揚した気持ちが落ち着いた。



『白石くん』



きた。キキッと音を立てて止まる彼女の自転車。振り返ると、いつもの笑顔の苗字さんがおった。再び気持ちが高まる。



「苗字さん、お疲れ」
『白石くんこそ。お疲れさまです』



いつもの時間。決まった時間に苗字さんは習い事を終えて、学校付近を自転車で通る。そんな苗字さんとこうして一緒に並んで歩くようになったのは二ヶ月前から。
はじめは苗字さんから声を掛けてくれた。この春から同じクラスやけど、学校ではなかなか話す機会がなくて。はじめこそそんなに意識してなかったものの、すぐに苗字さんに夢中になった。

最近は少しずつ苗字さんの話も聞けるようになってきていた。仲の良い友人。好きな教科。家はあのへんやとか。自転車を押しながら歩く苗字さんの横顔も、どんどん好きになってく。



「苗字さんは何で少林寺はじめたん?ちっさい頃からしてんねんなあ」
『え。くだらない理由だよー』
「やっぱ理由あんねや。教えて教えてー」



えー、と照れ笑いを浮かべる苗字さん。ええなあ、こんな感じ。俺と苗字さんも仲の良いクラスメイトって感じで。女の子らしい苗字さんが小さい頃から少林寺を習ってるということは相当頼もしい実力なんやろか。女の子にそんなことを聞くのも野暮な気がする。



『香港俳優に憧れて…』
「また凄い好みやな」
『だよね、よく言われる』

「あれ、白石?」



楽しい苗字さんとの会話に混じる聞き慣れた声。謙也の声やと直ぐに分かったのに、背筋が凍ってなかなか反応出来ずにいた。



「どないしたん。まだ帰ってなかったんかいな。とっくに部活終わってんのに」
「あー!謙也、あのなあ」
「自主練かあ、関心関心。あ、苗字さん」
「けんや、」
「ん?二人って仲良かったっけ」



好き放題言う謙也を止めるべく、背中を押してみるもなかなか伝われへん。しーっと目で訴えるとやっと気がついたんか、ばつが悪そうに苦笑いを浮かべながら去っていく謙也。すまん。今更謝られても遅いっちゅーに。走って去ってく謙也の背中にそう念を送った。



『よかったの?』
「え、何が?」
『忍足くんと帰らなくて。私邪魔だったよね』



そんなことないと首を振るも、苗字さんに気を遣わせたことには変わりはない。上手くいかへん。苛々してもしゃーないからここは深く深呼吸してみる。夕焼けってなんか安心するって思たけど、苗字さんが側におってくれるだけで、安心どころか俺まで笑顔になれる。人を好きになるって、不思議な気持ちや。



「ほんまは一時間前に部活終わっててん」
『そっか』
「いつもやったら帰んねんけど…今日は、その」



これ以上言うたら告白になるやないか。気持ちが焦るけど、このまま別れるのはあかん気がした。上手く舌が回らへん。こんなドキドキしてて俺の心臓大丈夫やろか。



「苗字さんに、会いたかったから。部室で時間潰してただけやねん」



ほんまのことやねんけど。自分で言うといて、ストーカーくさい台詞を選んでしもたことを後悔した。来週から帰る道を変えられるかもしれへん。そんな恐怖が一気に俺に被さってきたとき、苗字さんがクスッと笑った。



「…え?」
『あ、ごめんなさい。なんだか可笑しくて』
「あ、その…」
『実はね、私も一緒なんだ』



私も時間潰してたから。そう言って微笑んだ苗字さんを目の前にすると、何だか涙が出そうになった。苗字さんも一緒のこと考えててくれたんかな。俺と喋りたいて、思っててくれたんかな。



『ねえ、白石くん』
「あ、うん」
『今度さ、白石くんが部活お休みの日、』



心拍数が上がってく。でもそれは、きっと苗字さんも一緒のこと。確かに近付いてる苗字さんとの距離。ロマンティックな関係になるのに、そう時間はいらへんかもしれへん。

小さな約束

(いっしょに、帰ろう)

back
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -