ちょっと 恋をしたの。
ほんのちょっと 恋してみただけ。



何度も自分に言い聞かせて、感情を凍らせた。泣いたり笑ったり、それぞれの一日が終わっていく。帰宅していく生徒たちをただただ教室の窓から見下ろしていた。帰ろうかなとは思うのに、まだ動く気になれない。

私しかいないはずなのに背後から物音がした。重い体を振り返らせると、財前が自分の席で何やらごそごそしていた。



『…わすれもの?』
「おう。苗字こそ何しとん」



ちょっとね。小さく呟いてまた窓からの景色に視線を戻した。
密やかなこの想いを、風に乗せて。ふぅとため息をつくと財前が隣で外の景色を眺めていた。



「そんな感傷に浸れるようななにかがあるんか」
『え…』
「あ、あれ。アイツ」



財前も気付いてしまったようだ。仲睦まじく下校していく男女。私がそのふたりを眺めていたということも。先週まで、その女生徒の位置には、私がいたのに。



「あの女に奪われた…とか?」
『まさか。あの子と仲良いのに』
「ほんなら譲ったんや」



違う。そんなに悲しむようなことじゃないんだ。ずるかったのは私。ふたりを祝福しなくちゃ。おめでとう。って、昨日はふたりに言えたのに。



「そんな涙堪えながら言われても説得力ないなあ」
『…自分で決めたから。応援する、って』
「身を引いた。ってとこ?」



涙が零れるのと同時に、財前の手が頭に触れた。ポンポンと慰めてくれているような財前の手。堪えていた気持ちも溢れたのか、涙が止まらなかった。



『ごめっ…。今だけ、泣かせて…』
「おう。そんかわりまた明日から、いつもみたいに笑ってや」



あの人のことを想うと、きっと暫くは胸が痛む。少し涙が出ちゃうこともあるだろう。でもいっそのこと、忘れてしまうくらい日々を楽しむのも悪くない。私、本当は弱くない。財前の優しい手が、そう気付かせてくれた気がした。


ちょっと


(ほんのちょっと、恋してみただけ)

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