その理由とは
01. 始まりはある悩みと贈り物から
結婚して少し。ジャーファルはとある悩みを抱えていた。
そのカギとなる手紙を手にしていると同じ部屋にいたシンドバッドが当然のように疑問を投げかける。
「何持ってんだ、ジャーファル?」
「見れば分かるでしょう、手紙ですよ」
「ほー、結婚してると分かってても直接渡してくるやつはいるんだなぁ」
ジャーファル君の人気も侮れないねぇ、とふざけ半分でそんなことをほざくシンドバッドにジャーファルはチラリと視線を向けるだけ。
そこへ扉を開けて入ってくる人物が一人。何となく誰かを察していたジャーファルは複雑そうな表情を浮かべ、封を切っていない手紙を手持ち無沙汰にクルクル回す。
中身を見なくても雰囲気からして確実にラブレターと呼ばれる類の物だ。
「シンさん!図書館の書簡、一部整理終わりましたのでリスト作ってきました!」
「お、おぉそうか、分かった、見ておくよ。ご苦労様」
「いえいえ!……あれ、ジャーファルそれって…」
「あ」
早速手紙に目をつけたラナンにシンドバッドは顔を青くする。
いくらラナンでも自分の夫に今だラブレターがきてるなど、知って楽しいものではないはずだ。
「あ、あ、あれはだなぁ、実はジャーファルじゃなくて」
「またもらったの?手紙」
「……えぇまぁ」
慌ててフォローしようにも間に合わず言いかけたまま口を閉じる一国の王。ラナンの目はすっかり手紙の方にいってしまっていた。
しかも また と言ってる時点で既に前例があったことを示している。
もう知ってるなら止めても無駄だったか。
成り行きを見守りつつ顎に手をやったシンドバッドは生えてきたヒゲをなぞる。そろそろ剃ってもらいたいな。
「返事書くのはどっちでも良いけど、捨てるならちゃんと読んでからにしなよー?」
じゃ、紅玉待ってるから!
そう言ってラナンは部屋を出て行く。手紙の中身など全く気にしてない様子だ。
「……はぁぁ」
「……どうするんだ、それ?」
溜め息をつくジャーファルに尋ねればラナンに言われた通り、ちゃんと目を通そうとしているのか封を開ける。
「どうもこうもああ言われたら読むしかないでしょう。どう思います、アレ」
さっさと目を通したジャーファルは丁寧に手紙を折りたたみ懐に仕舞い込む。仕事柄目を通すのは本当に速いものだ。
「どう、って……ラナンらしいよな」
「そうなんですけどねぇ」
そこへ再び開かれる扉。入ってきたのは変わらずラナンだ。
「どうかしたんですか?」
いち早く声をかけるジャーファルにラナンは「ちょっと忘れてて……」と申し訳なさそうな顔をして近づいた。そのまま袖から出すのはラッピングされたお菓子。見るからに手作りだ。
ラナンからの差し入れか?、と初々しい新婚夫婦をニヤケ顔で見るシンドバッド。だがそのアテは早々に外れる。
「渡すの忘れてたよ。えぇと、あのいつもお花に水やりしてくれてる女官さんいるでしょ?あの人からジャーファルに、って」
しれっとしてそんなことを口にするラナンはポン、とジャーファルの手に包みを押し付ける。
「あの人が作るお菓子って美味しいからそれもきっと美味しいと思うよ!ちゃんと食べてあげてね!じゃ!」
「ちょ、ちょっと待ってくださいラナン」
「ん?」
慌てて止めるジャーファルの声に振り返るラナン。急いで部屋を出ようとしていた訳でも、悲しそうな顔をしている訳でもない、普段の穏やかな雰囲気。
ラナンのマイペースぶりには敵わない。
「これを渡されても……」
「あーそっか、甘いの得意じゃないんだっけ?」
「え、えぇまぁ、そう、ですが……」
いやいやそういうことを言いたいんじゃない、とジャーファルの顔はそう物語っているがラナンには伝わっていない。ジャーファルとしては「なぜそう平然と渡せるのか」と聞きたいのだろう。
「でも一個は食べた方が……それ、ジャーファルに、ってくれたものだし」
「………………」
黙って包みを開けて中身を一つ取ったジャーファルはそれを口に入れる。
確かに美味しい。美味しい……が。
「ね!美味しいでしょ?」
「えぇ……ラナンもどうぞ」
「ふぐっ、ん……ほらー!やっぱり美味しいじゃん!」
「そうなんですけどねぇ」
「シンさんと仕事しながら食べなよ!じゃ、今度こそ紅玉のとこ行くから!」
じゃあねー、とラナンは楽しそうに遊びに来ている紅玉の元へ走っていく。
「……そういえばさっきお前宛てに手紙が何通か渡されたな」
「またですか!?」
扉が閉まったのを確認して何の気なしに言いつつおもむろに数人の女官から頼まれた手紙を取り出すシンドバッドを見たジャーファルは困った顔をする。
「最近やけに多いんですよ、こういう贈り物や手紙。結婚する前なら分からなくもありませんが、挙式後に増える理由が分かりかねますね……」
何だかんだでラナンの言葉が残っているのか手紙はちゃんと受け取り一つ一つ目を通していく。
相変わらずラナンには頭が上がらないんだな。
苦笑しつつ見ていると目の前に先程のお菓子が現れる。不思議そうに見やれば「あげますよ。あなたなら誰も文句は言わないはずです」と疲れたように言う。
「お前、本当に気づいてないんだな」
「? 何のことですか?」
「この菓子やその手紙だ」
この国の王であるシンドバッドには今回の出来事の発端を知ることは容易だ。ましてやそれが色恋沙汰となれば知らない方がおかしいぐらいで。一方でこの国の政務官殿はラナンに関することとはいえまだ情報が回っていなかったらしい。
「どういうことです?」
眉をひそめるジャーファルにシンドバッドはラナンの気配がないことを確認して口を開く。
「ラナンって何しても嫉妬するようなところ見せないだろう?」
「そうですね。こうして他の女性から何かもらってもあのように全く気にした素振りを見せません」
「男なら嫉妬してほしいよな〜ましてや一度もそんな素振りを見せない愛しい妻には」
「……何が言いたいんです」
全く話が見えないとばかりに今度は姿勢を正す。くだらない戯言で仕事を避けようとしている、と思われているらしい。だんだん目が細められ顔が怖くなっている。
「彼女たちも初めは単純に好いてほしくてお前に贈り物をしていたらしいぞ。けどそいつは結婚してしまった。なら、どうする?」
「諦めるしかないのでは?」
「チッチッチ、甘いなジャーファル君。恋人になれなくても好かれてはいたいものだ。好かれるにはどうするか?それは感謝されるようなことをすれば良い」
「……一理ありますね」
確かに感謝する相手に対し、嫌い などという感情は持たないだろう。一般的に考えてむしろ好印象だ。
「しかし……」
「その感謝される内容が “ラナンが嫉妬すること” なんだよ」
「……は?」
「お前だって一度はラナンに嫉妬ぐらいしてほしいだろ」
「……否定まではしませんが……」
つまりこういうことか。
私を好いてくださっている女性は数人おり、アピールしようにも私はラナンと結婚してしまう。
恋人や夫婦にはなれなくとも好きな人には好かれていたい、だからそのために感謝されるようなことをしよう。
感謝されること……ラナンが嫉妬するところは見たことがない、私も見たいのではないか。ならばラナンに嫉妬してもらおう。
それならばみんなで私に贈り物をするなどはどうだろうか。それなら本人にも贈り物を受け取ってもらえる。
「だから結婚後の方が多かったんですか」
「そういうことだ」
「けど本人はあの調子ですからね……」
ジャーファルのやや諦めの声音にシンドバッドも頷く。
「女官らも予想以上にラナンが嫉妬の素振りを見せないから手を焼いているそうだ」
「……さすが、私の妻ですね」
「……あぁ、そうだな」
それがまたラナンの良いところの一つなのかもしれない。少し寂しい気もするが仕事で忙しい毎日、愛する者から「私がいるのに何それ!?」と機嫌を損ねられるよりはずっと良い。
やはり彼女には笑顔でいてほしい。ただその、、できれば、心の底から……。
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