(学生)
「……ふぁ……」
いつもの朝。
ユースケは小さく欠伸をしながら登校していた。
「おはよう、ユースケ」
後ろからそう声を掛けられる。
ケンだな、と顔を見ずとも声だけで分かるのは付き合いの長さ故だ。
しかし、少しだけ違和感があった。
(…なんか今日はいつもより落ち着いてんな)
普段はもう少し明るく元気な騒がしさを感じたような。
そんなことを思いながら振り返る。
振り返ってすぐにユースケの表情は固まった。
「………ケン、か?」
困惑を顔に浮かべて、ユースケは思わずそう尋ねる。
何かがおかしい。
確かにケンはケンなのだ。
そこは間違いないはずなのに。
「どうしたんだよ、ユースケ。幼なじみの顔忘れたの?」
不思議そうに首を傾げながらケンは応える。
(違う)
ユースケはより強くそう思った。
(なんか妙に大人びてるし、うるさくねぇし、髪に寝癖も一つもないし)
不自然な点がいくつも浮かぶ。
いつも通りなところは身長くらいじゃないだろうか。
「…お前、何か変なものでも食った?」
「突然何言ってんだよ。失礼だな」
そう言いつつもクスクスと笑うのみで怒る様子もないケンにユースケはますます強い違和感が生まれた。
「……」
「ケン、ユースケ。おはよう」
「おはよう。何してんだ?」
そんな時、後ろからまた別の幼なじみ達の声、テルとダイの声にユースケは振り返る。
「テル、ダイ。ケンの様子がおかしいんだけど」
「どちらかというとそれは俺の台詞なんだけどな」
「ほら」
ユースケの言葉にテルとダイは一度顔を見合わせると揃って首を傾げる。
「そう?」
「いつも通りじゃないか?」
「……え」
予想外の返しに、どこがだ、と反論しかけてやめた。
二人は冗談を言っている様子がない。
言ったところでおそらく自分の心配をされるだけだろう。
「ユースケ、もしかして具合悪い?」
「…そんなことねぇよ。遅刻するから早く行こう」
やはり普段より随分と大人びたようなケンの問いかけにやはり妙な薄気味悪さを感じつつ、ユースケはとりあえず話を切り上げ歩き出した。
ユースケの様子に他の三人は首を傾げつつ後に続く。
たわいのない話を半分聞き流しているとテルが、あ、と思い出したように声を上げた。
「そういえば、もうすぐテストだね。またよかったら勉強教えてよ、ケン」
テルの言葉にケンはいいよと快諾する。
そのやりとりに、え、とユースケは思わずテルを見た。
ケンがテルに勉強を教えるなどとあまりにも聞き慣れない、というよりおそらく今後も聞くことがないと思っていた台詞だった。
「ケンがテルに勉強を?逆じゃなくて?」
「え、学年一位のケンに教わるのは普通じゃないの?」
「は?」
あっさりと告げられた言葉にユースケは固まった。
「すごいよな、ケンはスポーツだってなんでも出来るし」
「…誰の話?」
次いで続けられたダイの発言にユースケは思わずそう尋ねてしまうが、返ってくる答えは変わらない。
勉強も運動もケンがテルやダイより優れてたなんて今まで見たことがなかった。
(俺の知ってるケンは、どこだ…?)
ユースケはだんだんと眩暈がしてきそうだった。
「…ユースケ、やっぱり今日具合悪いんだろ?」
「……違う」
気遣うようなケンの言葉にぽつりとそう返す。
「ユースケ?」
「…俺の知ってるケンはそんなんじゃない」
いつも元気で。
騒がしくて。
勉強が嫌いで。
嘘が吐けなくて。
他人から見れば優れてるところなんてないのかもしれない。
それでも、どんな時も自分の手を引っ張っていってくれるすごい奴。
それがユースケが知っているケンだったはずなのに。
どこにもいない。
そう思うと、ひどく寂しい気持ちでいっぱいだった。
「…ユースケは俺のこと大切に思ってくれてるんだな」
困ったように、それでも嬉しそうにケンは目を細める。
その瞬間、遠くで無機質な電子音が聞こえ、周りの風景がぐにゃりと歪む。
ユースケは反射的に目を瞑った。
目を開けて映ったのは自分の部屋の天井だった。
近くから携帯のアラームと下の階から自分を呼ぶ声が聞こえる。
「………夢………?」
目が覚めてから数秒後、やっとのことでそれだけ呟いた。
「あ!ユースケー!!おはよー!!」
朝から聞くには騒がしいほどの明るさと元気のこもった声が後ろから聞こえる。
ユースケはゆっくり振り返った。
「…はよ」
「あれ?今日は怒らないんだな」
驚いたような顔をするケンに対して、うん、と朝から疲れ切ったような表情でユースケは返事をする。
「やっぱこれがケンだよな…」
「何が俺?」
「こっちの話」
微かに安堵しながら、夢の内容は絶対に話さないとユースケは心に決めたのだった。
031:カラーな君はまるで別人
Vivianite/藍鉄鉱)
(こっちの方がよっぽどいい)
.
back