(学パロ/ケンとレン)
「…ん?」
とある休日。
図書館からの帰り道、一匹の茶トラの猫が俺の足元に寄ってきた。
野良、じゃない。首輪が見える。
この辺の飼い猫だろうか。
そんなことを考えていると聞き覚えのある声が後ろから大音量で響いてきた。
「レンーー!その猫捕まえてーー!」
「え、ケン?」
驚いて振り返るとケンがこっちに向かって走ってきている。
その表情は必死だ。
唐突な頼みに呆気にとられつつ、ほぼ反射で猫を抱き上げる。
猫は抵抗することなく大人しく俺の腕に収まった。
そうしてる間に俺の元まで来たケンはぜぇぜぇと荒げた息を整えている。
「ありがとー…助かったー!こいつすぐ逃げて困ってたんだよ」
「それはいいけど…こいつケンの猫か?」
「ううん、違うよ」
「は?」
あっさりと否定され目を丸くする。
人の飼い猫必死に追い回してるのか。
「その猫ね、どうやら迷子みたいなんだー」
「迷子?」
「朝、俺ん家の近くにいたんだよ。でもさ、ここ見てよ!」
「…あー…なるほど。随分と冒険してたみたいだな」
ひょいと猫の首輪につけられたプレートをケンが裏返すとそこには猫の名前と飼い主の名前、そして住所が書かれていた。
すずという名前の猫で飼い主の名前はサトウ、書かれた住所は今いる場所の近くだ。
ケンの家はここから大分遠かったはずだから確かに迷い猫だと判断してもおかしくない。
「…迷子札なんてよく知ってたな、ケン」
「前にテルに教えてもらったんだ!」
勉強は覚えられないのにそういうことは覚えてるんだな、と思ったが口には出さなかった。
「で、俺、このサトウさんの家を探してるんだよね」
「……ここら辺佐藤だらけじゃなかったか」
「そうなんだよ!サトウさんだらけだから一件ずつ探してんの!」
「それはまた…」
気楽に言っているが大変な労力だ。
更にケンは猫に好かれてないらしくすぐに逃げようとするらしい。ますます大変だ。
「レン!」
「何」
そう言ってぐいっとケンが俺に迫るので思わず一歩引く。
鬼気迫る…ほどじゃないけど、真剣な表情に言いたいことはなんとなく分かってしまう。
「良かったら!良かったらなんだけど!猫の家探すの手伝って!」
「……」
予想通りの言葉を言ってケンは頭を下げる。
俺の腕の中で猫がにゃあと呑気に鳴いた。
ま、急ぐ用事はないし…いっか。
「分かった。付きあってやる」
呆れながらそう答えると嬉しそうな表情が返ってきた。
それから数十分。
「大体、なんでわざわざ知らない猫の家探しなんて始めたんだ?」
数軒目の佐藤家を訪れてから、俺は思ったことを率直に聞いてみた。
今回も当てが外れたことにがっくり肩を落とすケンは俺の問いにきょとんとした顔でこちらを見た。
「え?だって家に帰れないの可哀想じゃん!」
「………」
当然のように言われて俺は思わず黙る。
そう思ったからそうした。
たったそれだけのことでケンはもう数時間もこうしてる。
全て無駄骨に終わるかもしれない。
それでも、今の自分に出来る最大限のことをやってんだな、と。
「…レン?だいじょーぶ?疲れた?」
「ん、大丈夫だよ。次行くか」
「おー!」
そして更に数分後。
「この角曲がったら次の…うわっ」
曲がり角に差し掛かる直前、抱えていた猫は突然俺の腕を蹴ってそこから飛び出した。
「ど、どうしたの猫!?ついにレンも嫌いになった!?」
「ついにってなんだよ…って追わなきゃあいつまたどっか行くぞ」
「そうだ!」
そうして角を曲がって猫を追う。
すると、猫は軽い足取りでとある家の庭に入って行くところだった。
「あ!勝手に入っちゃダメだって…!」
「! 待て、ケン」
猫の後を追おうとするケンの肩を掴んで止めた。
庭に人の気配がする。おそらくはこの家の住人。
猫はともかく俺たちが勝手に入ったら流石にまずい。
このまま諦めてもいいんだけど、ケンはきっと納得しない。
どうしようかと考えていたその時に、それは耳に届いた。
「すずちゃん!よかった、帰って来たのね!」
庭に入った猫を咎めるどころか、感激するような住人の声に俺たちは顔を見合わせる。
すずって、確かあの猫の名前…
そっと、この家の玄関の表札を確認する。
「あ!」
ケンが驚いたように声を上げる。
そこには大きく『佐藤』と書かれていた。
「この家の猫だったみたいだな」
しかもなんか自力で帰ってきたみたいになってる、と呆れる。
対してケンは嬉しそうな、安心したような、満足そうな、そんな表情で笑っていた。
「よかったー!無事に帰れたんだな!」
「いいのか?自分が見つけたって言わなくて」
「うん!あいつがちゃんと家に帰れただけでじゅーぶん!」
「…そっか」
一日の大半を費やしたんだ、感謝の言葉くらい貰っても文句は言われないだろうに。
ケンの言葉は嘘偽りのない本心で。
ほんと真っ直ぐだ。
あまりにも真っ直ぐ過ぎて俺には眩しく感じるほどに。
「…ケンはすごいな」
俺は、そんな風にはなれない。
「? なんか言った?」
呟いた言葉はケンには聞こえていなかったらしく不思議そうな顔で首を傾げられた。
「なんでも。とにかくお疲れ。頑張ったな、ケン」
家主の代わりとはいかないけれど、労いの言葉を掛ければケンは満面の笑みを浮かべる。
「うん!レンもな!」
「どーも」
その時、ケンのお腹から大きな音が響く。
そっか、朝からこの騒動って言ってたから昼食ってないのか。
「そういえばお腹すいた!」
「…じゃ、頑張ったケンには俺が何か奢ってやるよ」
「ほんと!?やったー!ありがとレンー!」
全身で喜びを表すケンに俺は呆れた笑みを返すのだった。
023:いつだって全力なあなた
(Sunstone/日長石)
(それを、少しだけ羨ましいと思った)
.
back