(泥棒/ユイス)







そこはとある街の裕福な地主の屋敷。夜が深まる頃、ある騒動が起こっていた。
ドロボウに盗みに入られたのだ。
厳重な警備をしていたにもかかわらずドロボウは予告通り宝を盗んでいった。それは一瞬のことで誰もが魔法のようだと思ったのだった。

そして、そのドロボウ本人はとっくに屋敷から離れ、何事もなかったかのように路地を歩いている。
暗闇でも映える白いコートがはためいた。


(…また、か)


手に入った盗品を見ながら、ユイスティールは小さくため息を吐いた。
いつものことではあるがこうも連続となると流石に気が滅入ってくる。


「なかなか思い通りにはいかないものだな」


苛立たしげに呟きながらパチンと指を弾き、手にある盗品を消す。
偽物に興味などない。

消えた偽物の代わりに現れたのは海のように真っ青な長いリボン。
今は無き一族の誠実と慈愛の証だ。

最早これには何の意味も持たず、ただただ惰性でつけているとしか思えなかったが、仕事の時にはこれをつけたままでいることはどうしても出来なかった。

リボンを見ないように目を閉じる。
瞼の裏で思い浮かぶは穏やかだった日々のこと。
そしてそれが無惨に壊された日のこと。
変わらずあるものと信じていた愚かな幼い自分の姿。

忘れたくとも忘れられない、いや忘れる気などない。
そのためにドロボウになったのだから。


しかし、


ほんの少しだけ思うことがある。

この目的が全て達成された時、自分には何が残るのだろう。
本当に欲しいものは、もう二度手に入ることはないのに。
なんのためにこんなことをしているのだろう。


『こんなものにしがみついたって…お前の寂しさが埋まることなんかない』


以前の仕事で、レンが放った言葉がふと頭を過ぎる。
それを言われた彼もまた思い出に執着していたのだったか。


「惑わされるな」


迷いを振り払うようにそう呟き、目を開ける。


「なんのためか?そんなの自分のために決まっているだろう」


言い聞かすようなその声は抑揚のない、冷たいものだった。


「迷えばいいさ。その度に何度でも振り払ってやる」


今の自分にはそれしかないのだから。

青いリボンを胸元へと戻し、前を向いた魔術師は白いコートを翻し、暗闇へと消えていった。






014:冷静な魔法使い
      (Zoisite/黝簾石)




(その心は誰にも見せない)





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