(旅)
そこは何の変哲のない森。
太陽は地平線の向こうへと隠れ、その名残を残した空は徐々に夜に染まろうとしている頃だ。
森のそばには小さな川がある。その川に沿ってある細い道を2人の男女が歩いていた。
1人は夕日のような瞳の少年。
もう1人は夜空のような瞳の髪の長い少女。
特に変わったこともなく歩いていたが、少女がふと顔を上げ、その足を止める。
「待って」
そう言って少年の服を引っ張り、その歩みを止めさせた。
立ち止まった少年は不思議そうに少女を見る。
「何か聴こえた?」
「うん。何か来るよ」
少女の言葉のすぐ後に2人の前をふわりと何かが横切った。
一見、蝶のようなそれは、白い羽の部分をまるでろうそくのようにぼうっと淡く光らせて飛んでいる。
その明かりは一つではなく、幾つもの数が森から川へと2人の前を通り過ぎていった。
その姿を見た少年はへぇ、と一言呟いて微かに微笑んだ。
「珍しい。命灯の精だ」
「いのちび?」
初めて聴く言葉に少女は首を傾げる。
「命の灯って書くんだ。まぁ、読んで字の如くだね」
一度言葉を切り、中腰になった少年は説明を続ける。
「この精霊はね、生き物に命を宿す為に存在しているんだ。ほら、羽が火のように光ってるだろ?」
少年の隣でしゃがみこんだ少女は精霊をじっと見つめる。
「この灯が届くことで、生物はこの世界に生まれることが出来るらしいよ」
「私、初めて見たわ」
「僕もほとんどないな。こうやって集団で行動してるみたいなんだけどね」
少年の言葉を聞きながら少女は精霊に静かに眺めていた。いつまでも見ていられるようなそんな儚い美しさがあった。
すると、一つだけふらふらと不自然な動きをするものがいた。
光も弱々しく、飛ぶのがやっとといった状態に見えた。
「あっ…」
地面に落ちそうになるのを少女はとっさに手を出し、そっとそれを受け止める。肌に当たったその火は熱くなかった。
「…この子は、どうしてこんなに弱っているの?」
「この精は灯を待つ者の生きたいという願いが強ければ強いほどよく光るんだ」
そこまで言われて少女は察する。
「じゃあ、この子を待つ者は…」
「生きたいと思わなかったのかもね」
「生まれる前なのに?」
「だからこそ、かもよ」
少女の手の中の精霊は弱々しくも光り続けていたがやがて力尽きたかのようにその灯は消えた。
灯のなくなった精霊は光の粒子となり空へと溶けていった。
「…悲しいね」
「うん…悲しい」
そう言った2人の声はひどく平坦なものだった。
灯の列は徐々に少なくなっていくのを見て、少女は立ち上がる。
「ねぇ、この灯が届けられた後もこの精はそばにいるの?」
「いいや。この精の役目は届けるまで。その後は、自分次第かな」
「灯が消えるかどうかも?」
少年は頷く。その後、あ、と思い出したかのように言葉を付け加える。
「灯が消えた時に迎えに来ると言われてるよ」
「死を迎えた時ね…」
少女はそっと空を見上げた。
「私の、最期は…」
「…先のことを今考えてもしょうがないよ」
「そうね」
即座に応えて少女は笑った。
「そろそろ行こう。もう通れるだろう」
「うん」
歩き出した2人の後ろを最後の一つの灯がふわりと飛んで去っていった。
012:その火は消えない
(FireAgate/火瑪瑙)
(今、生きている間は)
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設定を作ってるもののなかなか書かない話 第一弾
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