キッチンに行ってとりあえず食パンを二枚トースターに放り込んだ。
朝はそんな手の込んだものを作るつもりはない。
冷蔵庫からベーコンと卵を取り出して、ベーコンはフライパンへ、卵はボウルへと割り入れる。

「あの、何か手伝うことありませんか?」

コンロの前に立ってると彼女がキッチンへと顔を出してそう尋ねる。
待つだけが落ち着かないんだろう。
何か簡単なことを手伝ってもらうか。

「じゃあ、もうすぐパン焼けるから出してくれ。皿はそこの棚にある」
「はい」

彼女が動作を終えるのをチラリと確認してから再び頼む。

「飲み物牛乳でいいか?よかったら冷蔵庫から出しといて」
「分かりました」

冷蔵庫の前で一瞬動きが止まったように思えたけど何事もなかったかのように扉を開ける。
不思議な間を感じた。

「どした?」
「なんでもないです」

明らかに誤魔化してるのが分かったけど、深くは聞かないことにして出来た朝食をテーブルへと運んだ。
メニューは食パンと、スクランブルエッグと焼いたベーコン。結構シンプルになったかもしれない。

「ん、どうぞ」

テーブルに並べた食事に彼女はわぁ、と微かに感嘆の声を上げて眺めていた。
そんな言うほどかな。

「…食わねぇの?」
「食べますっ!えっと、いただきます」
「…いただきます」

勢いづけて手を合わせる彼女に少し面白く思いながら俺も手を合わせた。
そういえば、誰かと家で食べるのは久しぶりだ。

スクランブルエッグを口にした彼女の目が輝きを増した、ように見える。

「美味しい…」
「なら良かった」

感激した様子に小さく笑って俺は食事を続ける。

「料理されるんですね」

その言葉にふと手を止める。
俺にとっては慣れたことだけど、意外だったんだろうか。

「ああ…ずっと母親と二人暮らしだったから、家事は昔から結構やってた」

そのいきさつを思い返しながら俺は話す。
仕事は出来るのに家事は驚くくらい駄目な人だった。
というか俺の方が出来たから自然と俺がするようになっていった。
母さんってとことん家庭的とは反対の位置にいる人だなと改めて思う。

「お母さんって、今は…?」
「……」

その質問の意図が分からずにすぐには返せなかった。
なんでそんな不安げな顔をしてるんだ。

俺が黙ったままだったからか彼女の顔がさっと青ざめる。

「す、すみません!言いづらいなら別に…」
「海外を飛び回ってるよ」

答えを教えてやればさっきまでの焦りはぽかんとした表情に変わった。

「…え?」
「仕事の都合でな、あちこちと。楽しそうだから別にいいけど」

落ち着かない気もするけど母さんの性にはあっているんだろう。
もしかしたら俺もそっち側かもしれない。

「…寂しくないんですか?」

そう言われて改めて考えてみる。
が、答えは変わらないのであっさり答えた。

「別に…俺が中学卒業するまではなるべく同じ時間を過ごそうとしてくれてたから。これからは好きなことしてくれって俺から言ったんだ」

母さんが俺を大切に想ってくれてるのは伝わってたから。
感謝してるからこそ、自分のやりたいことをやってもらいたいと思った。
それでも俺に何かあったら全てを置いてすぐに駆けつけそうだ。

「…そうですか…」

その時の彼女の表情に俺は微かに瞠目した。
本当に嬉しくてしょうがない、そんな感情が伝わってくる表情だった。

それを指摘することは出来なくて、俺は少しだけ話題を変える。

「お前は親と暮らしてんのか?」
「私ですか?今は実家からだと学校遠いので一人暮らしです。でも、二人とも優しいし、心配ばっかりかけてますけど私の好きにさせてくれてます」

微笑みながら話す彼女を見て、幸せな家庭で暮らして来たんだなと理解する。
よかった、と思った。
心のどこかでほっとしていた。

「…そっか」

どうしてそう思ったのかは分からない。

食後は片付けを手伝ってもらった。
彼女からヒメルと遊んでいいかと聞かれむしろこちらから頼んだ。
楽しそうな双方を遠巻きに眺めながら、俺はずっと言おうと思っていたことを口にする。

「そういえば…」
「はい?」
「名前、教えて」
「…え?」

彼女が目を丸くする。
気持ちは分かる、聞かなくても俺たちはすでにお互いの名前を知っている。
それでも俺は聞いた。
気付いていたから。

「…まだ、俺に対してはあんたは名乗ってない。それに俺も」
「……」

俺たちはまだお互いの名前を一言も言っていない。
成り行きで知ってしまったのが嫌だったのかもしれない。
それでも、このまま終わってしまうのはもっと嫌だった。

「俺は大島蓮。あんたは?」

彼女は一度目を伏せると、俺の目をしっかりと見た。

「…空。飯橋空って言います。よろしくお願いします、えーと、大島先輩?」
「蓮でもいいよ。そっちの方が慣れてる」

そう言えば彼女はきょとんとした表情を浮かべた後、どこか楽しそうに笑った。

「よろしくお願いします!蓮先輩」

満面の笑みを見るのは初めてだったと思う。
でも何故か、俺はその笑顔がずっと見たかったような気がした。

「…ああ」

また見たい、そう思った。





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