幼少期アスベルとフレデリック










失くしてしまった。亡くしてしまったのだ。俺が教会の隠し通路を通ろうとしなければこんなことにはならなかった。ぎゅっと手を強く握り締めた。父からの言葉が重く圧し掛かる。自分の体重の二倍はある重みを背負っているみたいだ。
瞼をぎゅっと閉じれば、ソフィがあの化物になりふり構わず勢いだけで突っ込んでいく姿が鮮明に蘇る。守ってやれなかった。悔しくて悔しくて悔しい思いばかりで涙も出なかった。泣いてはいけないと思った。泣いている暇があるのなら強くならなくてはならない。これ以上大切なものを失わないためにも強くなるんだ。
騎士学校へと赴く準備が整え終わった。こっそりと誰にも見つからないよう、就寝時間を見計らって忍び足で玄関へと向かう。ぎしりと屋敷の廊下が軋む音がする度に冷や汗を掻いてしまう。誰か起きてしまっては俺は戦う術を失い、このラント家に縛られ続けるだろう。それだけは嫌だ。俺は騎士になることを決めたのだ。中央階段まで辿り着いた。ゆっくりと慎重に音を立てないように階段を下りていく。

「……アスベル様」
「う、うわっ」

誰もいないと思っていたらフレデリックが下の階の階段付近から静かに闇の中から現れた。驚いて後退りして階段から足を踏み外し、どんどんと尻餅をつきながら下の階へと雪崩れ落ちた。ひりひりと熱を持った尻を擦りながら、フレデリックを見やる。なんでこんな時間にここにいるんだ。
口の中で舌打ちをして、ゆっくりと身体を起こす。その際フレデリックが俺を起こそうと手を貸すが、それを振り払って何事もなかったかのように玄関へと向かう。

「フレデリック、なんでいるんだよ」

背後にいるフレデリックに話かける。俺のしようとしていることが分かっててここにいるようだ。もしかして俺を止めに来たのか。そんな俺の不安を知ってか知らずかフレデリックは穏やかに笑みを浮かべる気配を感じた。

「アスベル様、お気をつけて」

彼は俺を見送りにきただけのようだ。涙が出そうだった。母さんより過激じゃないがフレデリックもシェリアと俺が一緒に遊ぶことを良くないと思っているのに。なんで、どうして、俺は領主にならないのに。そんな父さんを見送るときみたいに安心させるように言うんだよ。

「俺、領主にはならないからな」
「はい」
「俺は騎士になるんだからな」
「はい……行ってらっしゃいませ」
「――行ってきます」

失くしたものを全部抱いて俺は小さな箱庭から外に出た。足掻いて俺は絶対に強くなる。





なくして足掻いて苦しめて抱きしめて





2011.0108
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