「せんぱーい。」
「んー?」
「好きです。」
好き
「…私も好き!」
「俺の方が好き!」
「私の方がもっと好き!」
「俺なんて先輩よりもっともっと好き!」
一通り好き好き言った後、お互い見つめあう試すような瞳に二人同時に噴き出した。
「先輩、ちょっと真剣すぎ!」
「そういう翔くんだって目力強すぎ!」
目の前のにっこりと三日月を描く可愛らしい口元を、背伸びしてむにゅーっと押してみる。
そしたら難なく翔くんの手が私の頬に伸びてきて、横にびよーんと引っ張られてしまった。
「痛い痛い!」
「だって先輩のくせに生意気なんですもん。」
「翔くんこそ後輩のくせになまいき!」
背伸びをやめて、柔らかな頬への攻撃もやめて、いやいやと小さく首を振る。
そしたら残念そうに指が離れていって、翔くんがにかっと笑った。
翔くんは、私の可愛い後輩だ。
スタイル、運動神経共に抜群。顔や成績は言うまでもなく。全く出来すぎた後輩である。
気さくで優しくて、太陽のように笑うたびに口元は三日月を描く。私はそんな翔くんが後輩として大好きだ。
ただし、いたずら好きな面は除いて。
さっきの“好き”も、私を照れさせるための不意討ちのいたずら。本人曰く愛してるゲームのようなものらしい。
最初はただ黙って赤くなるしかできなかった私の肝も、最近はめっきり強くなったもので。
今やこうして仕返しを企て実行し、返り討ちにあうほどになったのだった。
(これでも大きな進歩である。)
「もう…翔くんって本当に生意気だよね。」
「先輩が可愛すぎるのがいけないんです。」
「…その手には引っ掛からないよ?」
「…ちぇーっ。」
翔くんの眉が眉間にきゅうっとハの字に寄って、不機嫌そのものにとがる唇。
ほら、冷静に返せたでしょ?ざまーみろ!
ふん、と偉そうに胸を張って翔くんに向けて渾身の決め顔。
そしたら翔くんの目がきらりと光って、本日二度目の返り討ちの合図が垣間見えた、のだけれど。
「…ったく。」
予想外にその瞬間は来なくて、その代わりに羽のような手つきで頬に翔くんの指がふれる。
そして同時にその瞬間、翔くんがとろけそうなほどに甘く、笑った。
「本当に可愛い。」
「またまた…どうせ嘘なんでしょ?」
「嘘じゃない。ちなみに好きも、嘘じゃない。」
目を丸める間もなく翔くんの顔が近づいてきて、その唇が私の鼻先に優しく触れる。
その行為に声も出せずにただ頬を赤らめていると、今度は勝ち誇ったように翔くんが笑った。
「こ、これ…反則だよ。」
「反則じゃないですよ。俺、本当に先輩のこと好きなので。」
改めて鼓膜を揺らした好きという言葉が脳の中に消えるように浸透して、ぶつかる視線を逸らすことすらできない。
私の唇を親指でなぞると、翔くんの口元はまた三日月を描いた。
「次はこれ奪っちゃいますから。覚悟、しておいてくださいね?」
好き
こんないたずらな後輩が今後一生傍にいることを、この時の私はまだ知らない。
20110725 しろ
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