キャメロットの輝ける仔が、呪いによって国の破滅を望む魔竜へと変貌し、その父アーサー王と円卓の騎士達によって討ち取られたという話がブリテンの島を巡ってから1ヶ月の時が過ぎた。

だからと言って、何一つ、変わることは無い。
太陽は東から登り、月は海に沈む。
朝が訪れ、やがて夜が巡る。
風が吹けば風車は廻り、雨が降れば水が潤う。
何一つ変わらない、何一つ変わらない。
それは世界の循環だ。
だから人がひとり死のうとも、何一つ変わらない。
複数ある命のなかのひとつが損なわれたとしても、同じ時間に別の場所で新たな命が芽吹くだけ。


だというのに、分かっているのに。
今までそれをしてきたというのに、成してきた側だった筈なのに、アーサー王──アルトリアの心を覆う黒くて暗いものはどれだけ時間が経っても、どれほどの慰めの言葉を聞こうとも晴れてはくれなかった。


「エドワード。」


ふらりと、執務の間に此処へ訪れてしまうのは、癖のようなものだった。
声をかければ返事をしてくれるような気がして、ついその名前を口にする。

あの子の自室は以来、そのままにさせている。
使った後のない寝台。風にゆらぐペイズリーのカーテン。埃一つない机。窓辺に置かれたチェスで、時間を見つけては相手をした。
黒いナイトが一つどこかに行ってしまったと泣きついてきたあの子と一緒に木を掘って作り直した、思い出の品だった。つぅと撫でれば、まだそこにあの子の温もりがあるような気がして余計に虚しくなる。

優しい子だった。自分には過ぎるほど、本当に本当に。
いびつな形で生まれた命は、真実を知ってなお自分を父と呼んでくれた。
真っ直ぐで、穏やかで。けれど時々頑固なところは王にそっくりですわと王妃が笑いながら言っていたのを思い出す。

その産声を聞いた時から、あらゆる物から守り通そうと誓っていたはずなのに。
その呪いを受けた時に、あらゆる邪悪から遠ざけようとしたはずなのに。
最後の最期、その光を奪ったのは他でもないそう誓った自分だった。


『僕は、あなたに殺される為だけに生きていたのですか──』


違うのだと、そうでは無いのだと、愛しているからこそ言えなかったのだと、そう叫んで否定するべきだったのに、あまりにも唐突ですぐに言葉を返せなかった。
その間にあの子の穏やかな湖の瞳がひびわれて、笑顔が似合う優しい顔が凍りつくのを、自分はただ見ていることしかしなかった。


「エドワード、エドワード、エドワード、」


どうされたのですか?父上。
呼びかければいつでも嬉しそうな顔で、弾む声で答えてくれたのに、どうして貴方は今ここに居ないですと、無意味で身勝手な考えが浮かぶ。その声を奪ったのは他でもない自分だというのに。

竜の体を穿った感触が。その姿が掻き消えて自分に倒れこんで来た、まだ暖かかったあの子の体のぬくもりが、血を吐きながらも紡がれた『ごめんなさい』と言う最期の言葉が、体に染み付いて離れない。
棺に収まった氷のように冷たい体が、もう2度と笑む事のなくなった顔が脳裏に焼き付いて離れない。


何度我が子の名前を口にしても、呼び声に応えるあの声音はなく、ただ虚しくアルトリアの声が、もはや主人のいなくなった部屋に響く。


「ごめん、なさい……貴方が、謝るべきではない…エドワード……エドワード……私こそ、ごめんなさい……」


はらはらと溢れる涙は、果たしていつ以来のものだろうか。きっとまだ、選定の剣を抜く以前の、ただの村娘であった頃以来だ。
エドワードはアルトリアにとっての、最後の人の心、そのものだった。
常勝無敗の騎士王にとっての心の拠り所は美しい妻でも、頼れる騎士でもなく、ただ無垢で幼い、愛しい愛しい我が子だけだった。

アルトリアは堪らなくなって崩れ落ちる。こんな姿は誰にも見せられないと分かっていても、もはや立っていることはできなかった。

けれどどれだけそうしていても、縋るような声を聞くものはおらず、もはや父親でも母親でもなくなった哀れな少女の泣き声が、虚しく響くだけだった。
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