「もしもし、」
「ねー。学校行こう」
「……は?」
「早く準備してねー。近くまで迎えに行ってあげるからさ」
「えっと、いきなり?なんで?」
「だって今日は流星群がすごいって、ナマエが言ったんじゃん」
ついさっき送ったメール。いつもの他愛ないメールの流れで送信したふと思い出したこと。今日は流星群を観測する条件が抜群に良くて、空気は澄んでいるし月も出ていないらしい。だから敦に今日は流星群、すごいらしいよ。なんて送った。そうしたら私の彼氏さんはこんな行動力の塊みたいな返事をくれた。
「学校の屋上なら周りなんもねーし、多分すげぇきれいだと思うんだよねー」
「…おっけ。わかった。すぐ準備する」
「ん。じゃ、またあとでねー」
敦の自転車の後ろでフライングして見上げた空はそこでもすでに十分きれいだった。家の明かりとか街灯とか、ちらほらあるのに。それに学校は少し高い所に建っているから周りの邪魔な光は届かないし少しでも空に近付ける。誘われたのは私の方なのにきっと今は私の方が楽しんでいる。大きな敦の背中にぎゅっとしがみつくと、「もうこれ限界だよー。そんなんしたって早くこげねーし」なんて的外れな応えが返ってくる。学校につくと、職員室以外の電気はもう消えていた。こっそり、こっそり、忍び込む。職員室を遠回りするようにして屋上を目指し、私はある重大なことを思い出す。
「鍵、どうすんの」
「んー」
「んー、て。せっかく来たのに入れないよ」
「大丈夫だって。静かにしててよ」
考えがあるらしい敦はガチャガチャと屋上への扉のノブを回す。金属質な音を立てるそれを、飽きることなく回す。もう無理だってと止めようとしたとき、ノブがガチャリと回った。
「え、なんで」
「これ、鍵閉まってねーの。錆びて開けにくいだけ」
「そんなこと知ってたの?」
「昼寝しようと思って来たら鍵しまってたんだけどさ、ガチャガチャやってたら開いた。多分先生たちも錆びてるだけって知らねーっぽいんだよね」
「敦、すごい…」
「ん。ありがとー」
敦に手を引かれて屋上に出ると、一層空気が冷たくなっていた。もっと厚着してくるんだったなぁ。
「……あ、」
「ん、敦どうしたの?」
「いま流れた」
「え、流れ星?」
「うん。………願いごとしてねーし」
「ずるい。私も見たかったのに」
負けじと空を見上げる私の横で、敦は反対にしゃがみ込んで見慣れたスポーツバッグをあさっている。なにかたくさん持ってきているらしい。
「はい。レジャーシート」
「え、こんなもの持ってきたの?」
「うん。コンクリート寒いじゃん」
「計画的だね。意外と」
ちょうど二人用サイズのレジャーシートの真ん中に敦があぐらをかいて座る。敦は体が大きいけれど、もっと寄ってくれれば私も普通に座れるのに。わざとなのか、無意識なのか。
「ねぇ、私も座っていい?」
「いいに決まってんじゃんー」
「じゃあ寄って。座れない」
「えー、やだ」
「は?」
「寄らなくても座れるし」
「いや、入れないよ」
「ここ」
ここ。敦がそう示したのは敦の足の間。ポンポンと自身の太ももを叩いて、動作と目線で座れと訴えてくる。沈黙と、冷える肌と、楽しそうに笑う敦の顔。
私は敦の足の間に座って広い胸板に頭を預けた。
「やっぱりあったかい。この体勢正解ー」
「絶対誰にも見られたくない」
「大丈夫に決まってんじゃん。誰も来ねーし」
敦の腕が私の前にまわって、後ろから強く抱きしめられる。私がさっきしたよりもずっと強く。暖かくて満たされて幸せだけれど、これじゃまるで星が見えない。
「ね、敦。あの星座、なにかわかる?」
ちょっと調べてきたんだー、と夜空を指差す。少しだけ腕の力を弱めてくれた。
「んー」
「あれはねぇ、オリオン座っていうんだよ」
「ふぅん」
「あの明るいのがベテルギウスで、」
「うん」
ちらり。敦を盗み見る。返事が曖昧だから眠たいのかなぁ、なんて思っていたけれど。私は盗み見たつもりなのに敦とばっちり目が合ってしまった。
「星、見ないの?」
「んー、ナマエ見てる方がおもしれーし」
「…なにそれ。星を見に来たんでしょ」
「だって、すっげぇ楽しそう」
大きな大きな手で頭を撫でられる。小さい子をあやすみたいなのに、私は落ち着きよりもドキドキを与えられて顔が熱くなる。顔だけが熱くて仕方ない。
「ナマエ、暑そうだね」
「…顔赤い?」
「ん。真っ赤」
「暑くはないんだけどね」
「照れてんでしょ?そんくらいわかるし」
敦は私の頭に顔を乗せて、そのせいで音と振動がいつもよりも強く伝わってくる。顔は血が集まったように熱くて、だけど指先や足先はじんじんと冷たくて、それでも敦が触れている部分は優しくあたたかい。幸せだなぁ。
「あつしー」
「なにー?」
「好きだよー」
「……」
「ははっ。敦も真っ赤だ」
「……見えねーくせに。真っ赤じゃねーし」
見上げて言った言葉に、背けられた顔は見えないけれど耳が真っ赤になっているから敦だってきっと私と同じような表情をしている。
「流れ星、早く流れないかな」
「オレはもう見たし」
「私は見てない」
敦はもう飽きたのか、私の髪をいじってみたりハァと白い息を吐き出したりしている。私はじっと空を見上げていつもより近く眩しく見える空に意識を集中させる。
「……あ」
「流れたねー」
「敦も見てたの?」
「うん。たまたま」
「………ずるい」
二人で最初に見た流れ星は小さく短くすぐに黒に吸い込まれていった。願いごとなんて、できるものだろうか。しかも三回も。
「あ、また」
「うそ!考えごとしてた」
「ナマエって運悪いよねー」
「……うん。そう思う」
そのぶんオレが願いごとしてあげたから大丈夫だよー。なんてなにを願ってくれたのかは知らないけれど、へらりと笑う敦の顔を見たらまた少し顔が熱くなった。
見上げた敦の顔越しに、ひと筋光が流れていった。
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星 冴 ゆ
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