俺の彼女はとびきり料理が下手で、えげつないほどそれに自覚がない。できあがった見た目は普通に美味しそうなのだけれど味がどうもいけない。どこか中途半端なのだ。いっそ吐くほどまずい方がましな気がする。少しずれた味の完成品は、なんだかもう一生修正できないのではないか。それだから彼女はとびきり料理が下手なのだ。過度の甘党だったりかと思えばタバスコは常備女だったり彼女自身偏食の傾向があるからそうなるのか、はっきりと言えない俺がいけないのか。彼女の手料理を初めて食べたとき、おいしいの言葉しか用意せず安易にベタ褒めという手段を選んだ俺が恨めしい。


「はい。お待たせー」

「うん、ありがと」


今日もまた、見た目は食欲をそそるオムライスが湯気を立てて振る舞われる。美味しそう、なんだけどなぁ。


「今日ね、卵が安くなってたの。大量に買ってるからしばらく卵料理ね」


彼女はこういうこともしてくる。美味しいならば良いのだが。


「……どれくらい、買ってきたの」

「ん?まぁ大量に」


はぁ。いけない、ため息は心の中だけに留めねば。それでも、彼女は一生懸命つくってくれているしいつも面倒くさがるそぶりも見せない。そこがまたはっきり言えない原因にもなっているのだけれど。


「ねぇ、退」

「ん?」

「私の料理ってさ、正直おいしい?」

「え、なにいきなり」

「いや、どう?」

「どうって…おいしいよそりゃあ」


ほらまた。今のはもしかしたら今世紀最後のさらりと指摘するチャンスだったかもしれないのに。


「ふぅん。私はあんまりおいしくないと思うんだけど」

「…………は?」

「なんか、味微妙だなーって味見しながらいっつも思ってる」


それなら直せよ直してくれよ。いつも一生懸命につくっていると思っていたのに、そんな真実が隠れていたのか。きっと彼女は味オンチなんだと諦めていた俺はもしかしたら救われるだろうか。


「でも初めて退に出したときさ、めちゃくちゃ褒めてくれたじゃん?あれ実は失敗してたんだけどおいしいおいしい言うから。多分私と退って味覚合わないよね」

「…ずいぶん、はっきり言うね」

「いつも思ってたからつい」

「じゃあ俺もいつも思ってたこと、言っていい?」

「どうぞ」


ついに。ついに言うときがきた。君のつくる料理は微妙なのだと。これからずっと背負うと思っていた荷を下ろすことができるのだ。


「俺も微妙だなっていつも思ってた」


ごつん。殴られた。頭頂部を握りこぶしで思いきり。なんでだ。


「早く言ってよ」

「だって、」

「退が好きな味つけにしようと思って今までがんばってたのに」

「ごめん、でも」

「絶対私のこと料理下手とか味オンチとか思ってたんでしょ」

「……う、それは」


はぁー。大きなため息が空間を重くした気がした。そんな顔しなくたっていいじゃないか。


「いつも一生懸命つくってくれてるし、俺女の子の手料理とか初めてだったんだ。微妙なんて言えないだろ?」

「……まぁ、それは」

「努力してくれてたのにごめん。これからはとびきりおいしいもの食べさせてよ」

「当たり前でしょ。私だって料理くらい普通にできるんだから」

「それにしても、彼氏への初手料理失敗してそれをそのまま出すって…結構ひどい話だよね」

「退ならおいしいって言ってくれるかなーと思って」

「うん。言っちゃったよ」

「しかも思った以上にベタ褒めだったからさ」


ごめん。俺がもう一度謝ると彼女は笑って許してくれた。
彼女のつくった最後の微妙な料理、オムライスは本当に本当に微妙な味だった。


クラウド・ナイン

ごちそうさま、俺と君のしまっていたモヤモヤ

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