むふ。目の前に広がるお菓子に自然と顔が綻ぶ。気持ち悪い、と冷たい目を向ける友達なんて知らない気付かない。
昨日気まぐれで入ったスーパーで私の好きなお菓子がこれでもかと安くなっていた。これを買わず逃すなんて女子失格とばかりにかごに詰め込んでその中の第一弾を今日持参している。
「んー、んま。幸せ」
ほんと幸せそうに食べるよね。うんよく言われます。お菓子ってほんと革命だよ。お弁当後の今だってこんなに美味しく食べられる。
「いる?美味しいよ」
ダイエット中だから、と断られる。それを言われるとうぅ、とたじろいでしまう。そんな私の落ち込みを知ってか知らずかその友人は用事を思い出したらしくちょっとごめんと断りを入れて席を立った。
「はぁ、」
一人で、大量のお菓子食べてるってこれ、さっきまでは友達がいたからいいけどちょっとバカみたいじゃん。はぁ。
なんだか勝手に落ち込みながらもちまちまとお菓子を口へ運んでいるとずしりとした圧力が頭にのしかかった。え、なになに。おもい。いたい。こわい。
「紫原、君…?」
覗き込むようにされて、垂れる紫からすぐに彼を連想した。こんな髪色をしている人は彼くらいのもので、同じクラスの有名な巨人の名がすぐに浮かんだ。しかしあまりに不自然だ。だっていくらクラスが同じとはいえ私と紫原君に接点なんてものはないし、話したこともない。昼休みにいきなり頭に手を置かれて覗き込まれるなんて私の日常にはないことだ。
「おいしそうだねー、それ」
「え、あぁうん。いる?」
そうか、そういうことか。紫原君は私でも知っているくらいに無類のお菓子好きだ。2メートル超えの長身に目がいってしまうといつも袋入りのお菓子をむしゃむしゃと頬張っている。
かくいう今も嬉しそうににんまり笑っている。初めて話したけど、おっきい子供みたいだなぁ。それにしても、この頭の上の手はクセかなにかなのだろうか。ずっと離されないまま時々わしわしと手を開いたり閉じようとしたりしている。
「はい」
「そこ、空いてんの」
ポッキーを一袋素直に受け取ってから、紫原君はそこ、と先ほどまで友達が座っていた向かい合わせの机を指差した。背も高けりゃ腕も指も長いな、この人。
「うーん、まぁ。友達が帰ってくるまでは」
「そ」
そして座っても大きいな。紫原君は私の正面に座ってポッキーを頬張っている。この人も、美味しそうに食べるなぁ。
「なに。いらねーの?」
「いや、美味しそうに食べるね。食べたいなら食べていいよ」
「…オレより美味しそうに食べてたけど」
長い指ですっと指される。そのまま今度はビスケットに手が伸びた。
「私?うん、よく言われる」
「うん。だから来たんだし」
「あ、そうなんだ」
「お菓子好きなのー?」
紫原君と話したことはなかったし誰かと話しているのを聞くこともあまりなかったから、こんな話し方をする人だとは思わなかった。のんびりと、間延びしたような。
「お菓子、すき。ちょー好き」
「ふーん。オレも。ちょー好き」
私は新しく出したカントリーマアム、紫原君はビスケット。二人してもしゃもしゃと咀嚼する。さっき友達といたときと紫原君といる今、やっぱり誰かと食べている方が落ち着くし思い切り食べられる。おいしいなぁ。
「口の周り、ついてるし」
「……紫原君もついてるけど」
「ん?…ほんとだー」
口の端についたビスケットを摘まんでもぐもぐ食べる様は本当に子供のようでかわいらしい。私はなんだか少し恥ずかしい気がしてポケットティッシュをあさって口を拭いた。
「まだいっぱい持ってんの?お菓子」
「あぁうん。家になら」
「へぇ、」
「…いる?」
「うん。ちょうだい」
ほんとに好きだねって笑うと大きな手がまた伸びてきて、今度はぽんぽんと頭を撫でられた。なんだか、やっぱり恥ずかしい。
「オレ、お菓子好きで良かった」
「ん?」
「口実できたし。おいしいし」
「え、」
「じゃねー、またお菓子よろしく」
大きな手をひらひらと振って大きな大きな背中が去っていく。あぁだめだ。顔があつい。爆発しそう。