じゃんけんなんてするものじゃない。勢いと運に身を任せるからこんなことになるんだ。鈴木と佐藤の腹減った発言に同意した俺もわるいのか。だけどこんな深夜にコンビニに来るほどじゃなかった。「腹減った」三人分のこの発言のせいで俺の、もとい俺たちの空腹感は一気に増幅したんじゃないだろうか。


「あ、平介」

「ん、あぁ」

「こんな時間にどうしたの」

「それはミョウジもでしょう」

「うん、まあ。お腹すいたから」

「俺も。そして鈴木と佐藤も」

「あぁ、泊まりにでも来てんの」

「そういうこと」


よく見ればミョウジは俺と同じワンポイントの入ったビニール袋を提げている。いま俺が出てきたコンビニのものと同じ。だけど背後の明るい店の中では見かけなかった。はずだ。


「平介ならなにか作ればよかったのに。得意でしょ」

「さすがにこんな時間にがちゃがちゃやってたら怒られますって」

「気にするんだそういうの」

「それより、なんでわざわざ?」


たしか、ここよりまた数分歩けば同じコンビニがある。なんでわざわざそっちまで歩いていっていたんだろうか。ビニール袋を指さしただけでミョウジには伝わったらしい。


「エクレアがね、食べたかったんだけど売り切れてたから」

「それでわざわざ?」

「うん。あ、いる?何個か買ったから」

「じゃあまぁ、食べながらでも帰りますか」

「ん。はい」


手渡されたエクレアと包装を解かれるエクレア。この時間に甘いものを食べるなんて女子は気にするもんじゃないのか。だけどミョウジは一口かじりついて目一杯に顔を綻ばせた。幸せそうだなぁ。こんな顔されるならお菓子のひとつやふたつ、俺の作ったものをあげてみたいだとか思う。


「月、すごいね。今日」

「あぁほんと。まんまるだ」


ふたりで歩く正面にどんと構えているのはまん丸い満月だった。まるで月を目指して歩いているようでもあって変な感覚になる。もう少しでたしかミョウジの家との分かれ道になる。


「中学のころ、星が見たくて学校に忍びこもうとしたら鈴木に止められた」

「…鈴木が平介の友達でよかったよ」


いや、でも。鈴木と友達だったから俺は学校に忍び込もうなんて考えたわけで。
声には出さなかった。出せなかった、の方が正しいのか。ミョウジは見たこともないくらいに穏やかなやさしい顔をしている。


「私がその場にいても止められなかっただろうなぁ」

「俺を頑固者みたいに、」

「私平介の空気がすきだよ。だから多分そういうときも平介の空気に流されるんだと思う」

「…物好きだねぇ」

「でしょ。鈴木が聞いたらどんな顔するかな」


この曲り道、俺はまっすぐでミョウジは右。エクレアはとっくに食べ終わっている。


「ねぇ今度、このエクレアよりずっと美味しいエクレア作ってよ」

「エクレアってめんどうなんだよなー」

「その分達成感あるでしょ?それに私の喜ぶ顔も見れる」

「…はぁ」

「私、平介の作るお菓子もすきだよ」

「そんなに褒めて、今日はどうしたのかねぇ」


ポケットの携帯が振動する。続けてもう一度。目の前の彼女は月でも見上げるみたいに俺を見つめてる。実際、俺の背中の満月を見ていたのかもしれない。


「あぁ、そうだ。送るよ」

「いま思いついたんだ、それ。平介は平介だなぁ」

「そりゃあ、そうですが」

「女の子にひとりで夜道を歩かせようとする男だよね」

「…俺が、悪かった、です」

「うそうそ。いいよ送らなくて」

「いや、危ないし。鈴木にまた人でなしを見る目で見られるだろうし」

「気にしてないくせに。いいよほんと。一緒にエクレア食べられたから満足」

「いや、それとこれとは話が違うような気が」

「じゃあね、また明日」

「…まぁ、いいなら、いいか」

「はは、やっぱり平介は平介だ」


そう言って手を振りながら彼女は笑って。エクレアたのしみにしてる!とすこし近所迷惑な声を張り上げた。重みで揺れるビニール袋。一体いくつエクレアを買ったのだろう。俺たちがさっき食べた、あの袋のなかのエクレアより彼女好みのものがつくりたい。


「エクレアって、めんどう、なんだけどねぇ」


携帯を開くとおせーよとメールが入っている。佐藤からはアイスも食べたい!なんて送られてきている。見なかったことにしよう。じゃんけんで負けたからって急かされるのもコンビニに引き返すのも、面倒だ。だけど、じゃんけんで負けてコンビニでミョウジに会ったこの時間は、悪くない。かもしれない。

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