俺の呪いみたいな赤い眼はいつもいつも恐れの対象にされてきた。目が合うと石にされる。老いた男女は俺を見かければ肩を震わせて俯き、小さな子供は伝承のようなものを聞いたのか泣きわめいて走り逃げる。荒れた野に住む俺には話す相手すらいなかった。植物のまばらなすさんだ地と同じで、生きるごとにささくれ立つ俺の方もそんな目を向ける輩をなんの躊躇いもなく殺してきた。もう人間には戻れないのだろうと思う。
鞘すらとうに無くした錆まみれの刀をガリガリと引きずり、アテもなく森に入る。こんなに濃い緑は久方ぶりだ、とそんなことで生きていることをおぼろに思い出す。
しばらく歩くと流れの穏やかな川に出た。そこに少女がひとり。面倒だと、直感的に思う。
「……ひっ、」
水を汲んでいたらしい少女の後ろを通ると、大袈裟なほどに体を揺らして振り向いた勢いそのまま浅い水面に尻餅をつく形で倒れこんだ。あまりの驚きように俺の方がたじろいでしまう。俺を知らない奴に、俺の眼を見る前にここまでの反応を寄越されたのは初めてだった。
「……ごめん、なさい」
俺の眼を見る前に、というよりもこの少女は俺の方に顔を上げもしない。顔を俯けて目を伏せて、俺の眼を見ないようにというよりも自身の目を見せないようにしているかのようで。
「……あんた、びしょ濡れだ」
「…ごめんなさい」
「なんで謝るんだよ」
俺が驚かせたせいだ。とまでは思わない。なぜこんなに怯えているのか。
「…ごめん、なさい」
「……俺が言うのもなんだけど、顔上げろよ。隠してるみてぇ」
俺が言うのもなんだけど。
俺はいつも他人に眼を見られないように、畏怖の目を向けられないように、空よりは地面を睨んで生きてきた。
「…人間じゃ、ないから」
「は?」
「わたしは、わたしの眼は人のものじゃないから」
いっそう顔を俯けて、ふんだんに水分を含んだワンピースを弱々しく握りしめている。さっきから、浸食する水分は止まらない。暗い色のワンピースは余計に重たい色になる。
「…メデューサ」
「……え、?」
「西洋のバケモノ。目が合った奴を石に変えるっつーおっかねェやつで、俺はまるでそいつみたいに扱われてる。俺の眼、赤ェから。そのバケモノは女なんだけどよ」
「…わたしは、」
俺の言葉を聞いて、恐れる様子も見せずむしろ安心したように確認するように少女は顔を上げた。俺の赤い眼を映す彼女の両の目もまた、赤かった。
「…わたしも、赤い眼のせいで魔女だって言われてひとりで生きてきたんです」
「お揃いだ」
「えっ」
それまで向けられていた目は、はっとしたようにまた背けられた。俺と同じで、この小さな魔女にも話し相手なんていなかったのだろう。
同じ目線にしゃがみ込んだ俺に戸惑って、握られたワンピースは余計に皺くちゃになった。
「くすんだ目玉なんかよりよっぽど綺麗な赤い眼だ」
「…そんなこと、初めて、この眼を良い風に言われました」
「隠して怯える必要なんざねェよ」
それは誰に、というよりも俺自身に言い聞かせる言葉だった。ひとに怯えられることに怯えて自分から恐怖の対象になった。目の前の少女はすべてに、自分にも怯えて恐怖のなかに逃げ込んだ。
赤い眼に映る俺の赤い眼は、案外悪い色でもない。
延べた手に小さな冷たい手が重なる。初めて感じる生きた温度。引っ張り立ち上げれば、ひとを支えるという未知の作業に両腕がビリビリと騒いだ。生身のひとってやつはこころに重たく大きい。押しつぶされるくらいの充足感だった。
「 …ありがとうございます」
「あぁ」
赤い俺と赤い彼女の間に太陽の匂いを含んだ風がぶわりと吹いて、お互い初めて笑った。いつぶりのことかと思いを巡らせて、ぎこちない笑顔で向かい合う。
深い藍のワンピースが皺々のままですこしはためいた。