征十郎はいつも私に寝顔を見せない。私よりあとに寝て、私より早く起きているのが常だ。それは私にはわからない征十郎の思いの結果なのかもしれないけれど、私にしてみれば信じられていないような、安心させてやれないような、そんな気持ちになる。口にはできないけれど。
そろりと、かけ布団のなかで片方の足を征十郎の方によせる。
「今日はなかなか寝つけないみたいだな」
「征十郎も」
「そうでもないさ。もうじき寝てしまいそうだよ」
口にはできない。けれどきっと征十郎には伝わっている。片肘を立てて私を見下ろす顔はやわらかく笑んで、私の不安なこころをなくそうとしてくれているのがわかる。こんな顔をされると、私は安心しきってしまう。私は征十郎のおかげで安心しているというのに、彼は私では安心してくれないみたいだ。だけど、彼に私いがいの女がいるわけじゃないというのはなんとなくだけれど思う。彼はそれができるくらい器用な男だけれど、不器用な私に合わせるように私だけのそばにいてくれる。だからこそ、私も安心や同じあたたかさをあげたいのに。
「私も、寝てしまいそう」
「そうか。それなら良かった」
「でも、征十郎は?私になにを思ってるの」
「どうしたんだ、いきなり」
散らばる前髪をやさしくなでられる。むりやり寝かせるようなやさしさに、私は負けそうになる。
私は気づく。征十郎のくれる安心で私は不安になっているのだ。征十郎が私を諭せば諭すほど、やさしいぬるま湯はすぐに冷えて私を震わせる。
「征十郎の弱いところを私は知らないし知られたくないならそれでいいよ」
豆電球ひとつ灯っていない室内が、私をいつもより饒舌にさせる。征十郎のやわらかい息のおとだけが耳につく。
「それでもせめて気を張らないで」
「僕が気を張っているように見えるのかい?」
「うん」
「ナマエの前では一番、安心しているよ」
やっぱり征十郎は私の一番ほしい言葉をくれる。だけど、ほしい言葉をそのまま与えられるとかえって不安になる。なんて面倒な人間なんだろう。
「ううん。じゃあもっと単純に言う」
「あぁ」
「征十郎の、寝顔が見たい」
征十郎はめずらしく少し驚いた顔をして、小さく声をあげて笑った。私には征十郎の考えていることはわからない。だから素直にまるで忠犬みたいに彼の言葉を待つ。
「僕の寝顔なんて見てどうするんだ。かわいらしくもなんともないぞ?」
「それが私の安心の基準」
「…なるほど」
細められた目でみつめられる。それと一緒に頬にたどり着いた手のひらがふわりと柔らかく私の皮膚に安心と不安の種を植えつけていく。
「僕は勘違いしていたようだ」
「勘違い?」
「僕のせいで不安にさせていたなんてね」
「征十郎のせいじゃ、ないんだけど」
「さぁナマエ、寝るとしよう」
「うん」
「おやすみ」
その夜はじめて見た征十郎の寝顔は安心しきった子どもみたいで、ついつい白い頬をなでてしまった。そして目を覚ました征十郎に寝ぼけ眼のままでやさしいキスをおとされた。