「ミョウジさんっ、なにやってるんスか?」
「え?あぁ、古典の課題。今日までなの忘れてたから」
へぇー、大変そっスね!
この金髪は本当に大変そうだと思っているのだろうか。にこにこと人懐こい笑みを浮かべて、腹の立つイケメンだ。このイケメンと私との関係はよく言って中の上くらい。とりたててなかの良いわけでも、街中で出くわすと気まずいという微妙ななかでもない。
「ほんとに、思ってる?大変そうって」
「思ってるっスよ〜。オレもまだやってねぇし」
「は?」
「ほらこれ。オレは覚えてたんスけどねぇ」
「早くやらないと。部活あるんでしょ?」
それなのにこの黄瀬という男はペンをとる素振りも見せず私の正面に座って楽しそうに私のペンの動くのを眺めている。よくわからないイケメンだ。
そして私は、この腹の立つよくわからないイケメンに思いをよせている。並の女子なら、親しくなれば私と同じ感情を抱くものかもしれないけれど、どうしてもそうは思われたくない。誰にも、黄瀬にも、私自身でも。けれどきっと周りから黄瀬から見れば大多数と同じであるだろうから、せめても私は自分の感情をかくし通してみようと思っている。
「ミョウジさんって字キレイっスよね。オレの課題もやって」
「字でばれても知らないよ」
「あ、それってオレの字が汚いってことっスか?ひどいっス!」
「知らないよ。黄瀬の字見たことないし」
うそ。授業で教室の最後列だった私が同じ列のプリントを集めるとき、黄瀬のプリントをちらりと見た。男子たちと混じって黒板にらくがきをする黄瀬の文字を見た。男子らしい、という形容がまさにぴったりの、おおざっぱな字だった。キレイではないけれど、汚くもない。少し読みづらいだけの文字だった。
「えー。じゃあ見て。これっス」
机のすみに置いた私のペンケースからシャーペンを一本とり出し、私がとりかかっていたプリントに、きせりょーた、とひらがなで、黄瀬から見れば反対向きにそう書かれた。
「ぷっ。汚いよ。がたがたで読みづらい」
「ひどいっ!ミョウジさんに見えやすいように書いたから仕方ないんスよ」
「それじゃあ見てって言った意味ないって」
むぅ、とふくれる顔はやっぱりイケメンで、こういうとき不意に私は黄瀬を好きな気持ちがぶわぁっと膨れるような感覚になる。実際そうなのかもしれないし、ただのいまの高なりであるだけなのかもしれない。
「ミョウジさんだってさかさに書いたら人のこと言えないっスよ」
「それでも黄瀬ほどじゃないよ、多分」
「じゃあはい。ここにどうぞっス」
「ここにどうぞって、これ私のプリントなんだけど」
そんなことは意にも介さないようで、黄瀬はこここことひとさし指で示している。
私は書きづらさに迷いながらも、黄瀬涼太、とゆっくり書き上げた。見れば黄瀬は驚いた顔をしている。まるで私がペンを持つ指の先から星でもばらまいて見せたみたいに。
「な、に。どうしたの」
「いや、漢字で書くと思ってなかったっつーか、」
「…黄瀬の字、知らないと思ってたの?」
黄瀬はこくりとうなずく。まるで懐いた犬みたいな表情だった。
「……バカにしてる?」
「いや!そうじゃなくて!」
「そうじゃなくて?」
「ミョウジさんオレに興味なさそうだからそのままオレと同じように書くんだろうと思ってたんスよ」
「きせりょーた?」
私の方に向いた不格好なその文字をトンと叩く。黄瀬はまたこくりとうなずく。
「なんか、うれしいっスね」
「…うれしいの?」
「だってオレはミョウジさんに興味あるし」
興味ある。きっと私の方が興味大ありなんだけれど、いまここでそれを告げるのは負けに思えてならなかった。だって黄瀬は私の反応をたしかめるみたいにじっと私を見つめているし、私の口は魚みたいに数回ぱくぱくと震えてしまっていた。にんまりと黄瀬は笑っている。私は、笑えない。
ミョウジナマエ
また不格好に私に向けて書かれた文字は、読みづらくても多くを私に伝えようとする文字だった。ほら、ね?とかけられた声にはようやくため息だけを返す。
「…黄瀬涼太って書けるくらいの興味は、黄瀬と同じくらいの興味は私にだってある」
「うん。だから、うれしいっス」
それから黄瀬は適当に私のプリントを写して、部活のせまった黄瀬のと一緒に私は古典の課題を提出した。よれたふたりの名前は消しゴムでこすり取って。安い紙に残ったへこみに自然と口角が上がるのがわかった。