つい三日ほど前の保健室でのできごと、というか保健室で出会った彼のことが鮮明に焼き付いている。それくらい彼のサイズは異常で威圧感も恐ろしかった。あんなに身長的に目立つ人物ならまた校内で見かけるのではないかと思ったけれどあれから一度たりとも見かけない。別段私は教室にこもるタイプでもないというのに。とはいえまた見るかもと思っているくらいで意識して探しているわけではないからあれなのだけれども。

そこでふと思う。三年生なのかもしれない、と。あれだけ大きいのだしそれに、タメ口だったし。


「あれー、はらぺこあおむしのミョウジさんだ」

「え、」


なにそれ、と階段の段差から目をあげると、噂をすれば何とやらというやつで頭に浮かべていた紫が私より数段下に立っていた。段差分、三日前ほど圧迫感を感じない。


「こんにちはー」

「こんにち、は。え、え?名前……?」

「あー、あぁ。保健室の机の上にミョウジさんが書いたやつあったから」


名前とクラスと、少し高めに書いた体温。私だけが彼の名前を知っていたわけではなかったらしい。しかも向こうは私のクラスとあの時の体温まで知っている。忘れてるだろうけど。


「この前はお菓子ありがとうございました」

「うん。お腹空いてそうな音したから」

「それは、…忘れてください」

「えー。じゃあお返しくれたらいいよ」

「お返し、」


そんなこと言ってもあいにく私は今チョコの一つも持っていない。あのポッキーのお返しになるようなものなどないのだ。


「うそ。忘れないからいいよー」


それが嫌だからとこっちは忘れてと言ったのに。いいよ、の意味がわからない。変わった人だ。


「今から職員室ー?」

「あ、はい。さっきの授業のを先生に届けに」


それ、と私が手に積んでいるプリントの束を指される。
4限目、自習と告げられてクラス全体で喜んでいたところに一番前の席だからと形程度のプリントの回収を任せられた。一緒に行こうかと言ってくれた友達に近いから大丈夫と断ってきたところだったのだ。二年生の教室のある階のすぐ下が職員室のあるフロアだ。そういえば、三年生の教室は別棟にあるから紫原さんは三年生だと思ったのもあるのだけれど。


「紫原さんは、体育だったんですか?」

「んーそう。てかなんでさん?」

「え?」

「オレ一年だよ」

「え、え?年下?」

「そ。年下」

「……年下?」

「だからそーだって。しつこいなぁ」


一年生、だったのか。たしかにそれなら納得がいく。私が主に行動している二年生のフロアで見かけないことも、こんな大きな人をつい先日初めて目にしたことも、保健医の先生が彼を見て驚いた態度をとったことも、今ここで出くわしたことも。一年生の教室は私たちの一つ上の階にある。私がわざわざ用のない上の階に行くわけもないから、この大きな彼を三日ほど見かけなかったのも頷ける。


「タメじゃないっぽいから、三年生だと思ってた…」

「やっぱりねー」


そこで妙な沈黙が広がった。よくよく考えれば私は数回話した程度の人と会話を広げるようなコミュニケーション能力は持っていない。どうしたものかと目線を泳がせていると、彼、紫原君が、じゃ寒いから教室戻んねー。と無意識であろう助け舟を出してくれた。
春先といえどまだまだ寒い。私も早くプリントを渡して教室に戻ろう。

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