はぁ〜と重たいため息が頭上から降ってくる。それでも見上げる気になれないのは昼間から少し勢いが衰えただけの太陽のせい。日傘、持ってくるべきかなぁ。いや、それよりも。最近の紫原君は日に日にため息の数というか疲れた表現が増えていっている気がする。少し前のポテチみたいに夏バテだろうか。


「大丈夫?最近」

「…ん。まさ子ちん、まじ鬼」

「……そんなに練習厳しいんだ」

「暑いのもあるしねー」


そういえば、紫原君は夏休み中の食事はどうしているのだろう。長期休暇といえど部活で帰省できない人たちもいるだろうから朝と夜は寮の食事があるのかもしれないけど、昼前から練習のあるらしい今は。学食のバランスの考えられた定食も購買のパンですらない。ということは。紫原君なら。


「…ねぇ紫原君」

「んー?」

「毎日部活大変そうだけど、昼ごはんはどうしてるの?」

「ん、お菓子食べてる」

「…やっぱり」

「なに」

「そんなだから元気出ないんだよ多分」

「でも学食も購買もやってねーし」


まぁ、それもそうなんだよねぇ。
私が紫原君の昼食に思い至ったのは食べ終えたポッキーのゴミをカバンにしまう際にのぞいた、大量の同じようなゴミ類のおかげだ。いつもよりは明らかにその数が多いように見える。
他の学校はどうだか知らないけれど陽泉の寮は学校とは離れた敷地にある。そしてその間にはコンビニ。となると普段でも部活生の多いであろう寮の内部は夏休みには余計に割合が傾いて、平常時と変わらず部活の合間に学校でお昼を済ませる人がほとんど。例にもれず紫原君もそのようで、彼の場合健康だとか栄養だとか考えそうもないから好きなもの、つまりお菓子ばかり買っているんだろうなぁ。昼ごはん分も含めて。


「朝と夜は?寮?ちゃんと食べてる?」

「寮、だけど…」


そこで紫原君が言いにくいように口をもごもごとさせる。問い詰めるような私の言葉に、怒られている気分にでもなったのかもしれない。


「食べてないんだ」

「だって部活終わったら疲れてすぐ寝てるし、朝は元から食べないことの方が多かったし」

「で、昼はお菓子。かぁ」

「汗いっぱいかくから疲れんだろうねー。水分はとるから腹減んねーし」

「…お菓子、食べてるじゃん」


お菓子は別腹ー。とか女子みたいなこと言ってないでなにか栄養のあるものを食べさせなければ。学校のある頃は、学食かパンでも大量に買っていたから栄養はとれていたんだろうし、それに夜ごはんを食べなくなったのは夏休みに入ってからのことみたいだからその頃は多少お菓子を過剰摂取しても平気だったんだろうけど。


「倒れるよそんなんじゃ」

「ミョウジさん大げさー」


終業式と同じことを言っているけれど、今度はあまり大げさということでもないだろう。かと言って私になにか行動できるとも思えないし。


「ちゃんと栄養あるもの食べないと」

「んー、うん」

「その気ないでしょ」

「…アララ、」

「はぁ、私はちゃんと食べないとーって言うことしかできないからなぁ」


うぅん。と真剣に考える。そんな私の横で当の紫原君も同じようになにか考えている様子。バランスを考える気にでもなってくれたのだろうか。


「じゃあさ、ミョウジさんお弁当つくってきてよ」

「…は?」

「ミョウジさんがお弁当持ってきてくれたらオレ、昼ごはんはちゃんと食べれるし」

「いや、そう言われても」

「ね?」


これはまた、例の引かない目をしている。とはいってもこれは私も引くわけにはいかない。毎日お弁当をつくって紫原君に届ける、それなら確かに私がいろいろと考えてつくれば良いわけだけれど。そんなまるで過保護な親かベタベタな彼女みたいな恥ずかしい真似はできないし、そもそもいきなり他人のお弁当をつくり始めるような腕前を私は持っていない。以前つくったクッキーだって私にしてみれば一大行事だったのに。


「…いや、だめ。うん。いろんな面から考えて無理」

「えー、なんで」

「…マネージャーの子とかいないの?その子たちにつくってもらうとか」

「ムリ」

「…」

「なんで黙んの」

「そんなに即答されると思わなかった」


うん。拒否されるだろうとは薄々思っていたけれど。まさか考える素振りすら見せないで否定されるとは。


「だってミョウジさんのお弁当がいいし」

「紫原君、ほんと、引かないねぇ」


いつも折れる私が今日は折れないから紫原君も多少ムキになっているのかもしれない。いっそう頑固になっている気がする。


「心配してくれんなら面倒みてくれればいいじゃん」

「うっ、…まぁ、そうなんだけど」

「昼ごはんつくってくれんなら朝と夜もちゃんと食べるようにする」


こういう取引、前にもあったなぁ。あのときは私がすんなり折れたけど。今回は内容が内容だ。あっさり頭を撫でるように首を縦に振ることはできない。


「…あーもう、じゃあ。今度一回つくるから」

「えー一回?」


精一杯の折衷案。毎日つくるというのはハードルが高すぎるし、たまにつくると言ってしまえばその曖昧さがあとあと面倒になりそうで嫌だった。だから一回。これで今のところは許してほしい。


「貴重な一回だよ。私がお弁当をつくるなんて自分のためを入れても初めてなんだから。私の人生の一個目。貴重なそのお弁当を紫原君のためにつくるって言ってるんだから喜んでほしいんだけど」

「んーそっか。ちょっと大げさだけどそう考えたらまぁ今はそれでいいや」


女子は貴重と謳われるものに目がない。なにか最後の一つだったり私はまだ興味はないけれど宝石の類いだったり。紫原君も女子みたいな味覚をしている分同じように今の私の言葉に釣られたのかもしれない。


「ちゃんとご飯食べないとお弁当つくらないからね。ご褒美ってことで」

「…ん。わかった」


さっきまでの話と逆転しているのだけど、紫原君はそれに気づいていない。ついさっきお弁当をつくるなら朝と夜もちゃんと食べると自分で言ったことを忘れてるんだろうな。紫原君の常套手段、あれやってくれるならこれやる、作戦は効てき面だったらしい。

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