「オレ、秋田って夏でも寒いのかと思ってた」
夏休み前よりは早い時間、つまりまだ太陽がちりちりと暑い時間帯でのポテチの散歩。部活後の紫原君は当然暑いだろうけど、日焼け対策抜群の私も相当暑い。これは、きっとこの夏休みで痩せてくれるかもしれない。
それにしても、秋田が夏でも寒いと思っていたなんて、もしや紫原君は秋田の人じゃないのだろうか。
「紫原君て、どこの人?」
「ん?東京だよー。言ってなかったっけ」
「東京の人だったの!?…都会人……」
陽泉はインドアスポーツの強い高校だから県外から来た人もいるとは聞いたことがあったけど、まさかこんな身近にしかも東京から来た人がいるとは。東京と聞くとやはり行ってみたいというか憧れみたいなものが漠然とある。
「ミョウジさん東京行ったことないー?」
「ないない。行ってみたいとは思うけど」
「ふぅん。行ってみたいの?」
「そりゃあだって、東京だよ?」
「なにそれ。意味わかんないし」
東京にいた紫原君からしたらそうなのかもしれないなぁ。東京が普通だったわけだから。大学生や社会人にでもなれば旅行なんて結構簡単に行けるものなのかもしれないけれど、今は遠い遠いところへの憧れという響きが強い。
「いいなぁ、東京」
「オレはこっちも好きだけど」
「そう?それは良かった」
「ん。ミョウジさんがいるからってのもあるよー。たぶん」
「多分って…」
「ここ来なきゃミョウジさんにも、ポテチにも」
出会えなかったんだねー。そう言われながら不意に撫でられたポテチはすごく嬉しそう。しゃがみ込んだままの紫原君と突っ立った私。いつもと反対の目線だと心なしか紫原君の表情がよく見える気がした。私もいつもこんな風にはっきりと見られているのかと想像して恥ずかしくなる。
「だから来てよかった」
もう一度ポテチに視線を落として伏目で呟かれる言葉がなぜかいつもより私の中にすんと落ちてきた。むしろポテチの上に落とされたような距離なのに。
私の反応を確認するみたいに上げられた顔が、まるでそうしてと言っているように見えて私は紫原君の頭を撫でた。いつかそうしたみたいに梳くように。
「私もよかった」
「……オレ、ポテチみたい」
「そうだね。ポテチと同じくらいかわいいかも」
「えーポテチブサイクじゃん」
「こら。髪の毛むしるぞ」
「ごめんごめんー。オレ動物の中で一番ポテチ好きだし」
「まじで。それはすごい褒め言葉」
「名前もおいしそうだし」
「それ、褒めてない」
「でもポテチ好きだよー。ブサイクだけどかわいいし」
動物の中で一番だなんて、ポテチもさぞ喜んでいることだろう。だけど撫でてもらえなくなって暇をするポテチはグイグイとリードを引っ張っている。仕方ないと柔らかい髪の感触から手を離して、陽光の跳ね返るアスファルトを並んで歩く。
あついなぁ、やっぱり夏は。