一学期終業式。これさえ終わればもう晴れて夏休みだと全校生徒が浮き足立つ中、私は一年生の塊から飛び出す紫色をちらちら確認している。解散の号令がかかると同時に彼のところへ駆けて行く計画である。
「それでは、皆さんハメを外しすぎないように」
入口付近の一年生から教室に戻ってください。という先生の声で賑やかになる体育館内で、私は必死に生徒の間を走る。幸いガヤガヤとしていてあまり注目は浴びていないようだった。
「紫原君!」
「は?……どうしたのミョウジさん。そんなに掴まなくても逃げないよー」
「あ、ごめん。必死すぎてつい」
「へんなのー」
「あ、そうだ。あのね、福井さんのとこ、行こ」
「は?」
「勉強のお礼言わないとって思ってたんだけど結局会うときなくて、だから付いてきて、ほしい…です」
「なんだ、いいよー。行こっか」
私の腕を引っぱるように歩く紫原君に逆に私が付いていく。入口から遠い三年生も動き始めていて、紫原君は急いでくれているのだろう。
せっかく私は注目されずに紫原君のところへたどり着けたのに、大きな彼に引かれる私は少しばかり視線を感じている。まぁいっか、明日から夏休みだし。と訳のわからない理由でなにも気にしないことにした。
「お礼、なんで今ー?」
「教室行くのは勇気いると思って」
「そう?」
「今なら紫原君もいるし最後のチャンスだから」
「ミョウジさんそれ大げさー」
紫原君に笑われながら三年生の塊に突入した。たくさんの頭の間から福井さん独特の髪色がちらりと覗く。背の高い紫原君は人から見つけられるのもそうだけど、人を見つけるのも簡単なんだろうなぁ。
「福井さん…!」
「ん?おぉ、どうした」
「数学、教えてくれてありがとうございました。福井さんに教わってなかったら多分赤点とってたんで、お礼言いたくて」
「オレは付き添いねー」
「なんだ、そんなことかよ。アツシのテストも結果良かったみてぇだし、別にわざわざ礼言われるほどのことでもねぇって」
「お礼にミョウジさん、夏休みの部活、雑用係やってくれるらしいよー」
「いや、それは言ってない」
「なに勝手に言ってんだよ」
「えー。言ったらやってくれると思ったのに」
ちぇ。と小石でも蹴りだしそうな紫原君に私と福井さんで小さく笑って、目的を終えた私たちはそれぞれ解散した。といっても三年生だけが別棟だから私と紫原君は並んで歩く。
「オレさーさっきちょっとミョウジさんのことかわいいって思っちゃったんだよねー」
「…さっき?」
私はなにかかわいいと言われるような行動をとっただろうかと考えを巡らせる。というか思っちゃったって失礼な。
「いきなり走ってきてオレの腕掴んだじゃん」
「いや、ちょっと必死すぎて恥ずかしいから忘れて」
「えーやだし」
「なんか親とはぐれた子が必死で親を見つけたときみたいな、うわ、客観的に考えるとさらに恥ずかし」
「かわいかったってばー」
「……そうやってまた」
「ん?」
「紫原君て私をバカにするの好きでしょ」
「バカにしてねーし」
「ふぅん。ほんとに?」
「ちゃんと女子としてって意味で言ったんだし。ミョウジさんネガティブすぎ」
女子として。うわ、それはそれで恥ずかしい。女子としてかわいいってそれ純粋に褒め言葉じゃないですか。そう考えると、純粋な褒め言葉として受け取ると、純粋に嬉しい。さらに思い返してみると、
「そういえば私を引いて歩く紫原君はかっこよかったような」
「……それいま考えたでしょ」
「うん、ばれたか」
「ミョウジさんて褒められんの苦手?」
「…わかる?」
「だって照れ隠し下手だし」
「あんまり褒められ慣れてないもので」
「じゃあオレがいっぱい褒めてあげるねー」
「いや、いい。やめて。恥ずかしい」
「ミョウジさんかわいー」
「あ、今のはバカにしたでしょ」
「ん。ばれたー?」
紫原君はさらりと同じトーンでかわいいと言うから、基本からかわれているんだと受け取ることに決めた。