「ポテチ、今日元気ないねー」
「あーわかる?暑いからつかれてるのかな」
「オレの方がつかれてるしー」
「部活した後だもんね。ポテチずっと家にいたんだけど、夏バテとか?」
「ふーん」
無事テストが終わり、ポテチの散歩は私の日課に戻った。それでももうずいぶんと夏の暑さに近づいてきているからか、ポテチはいつもより元気がない。家に帰って冷たい水を飲んだら大方治るのだろうけど。動物にはつらい季節なんだろうなぁ。
「それで、テストどうだった?」
もうだいぶ返ってきたころに違いない。
「ん。オレ天才かもー」
「お、良かったんだ?赤点なし?」
「んー、ううん。物理がねー」
「は?理数系得意って言ってたのに」
「…範囲間違えてたんだよねー」
………それ、私と同じミスじゃん。私は気づいたから良かったけど、間違えた範囲勉強してそのまま試験って。忘れてた。きっと紫原君は普段の授業寝てるはずだからこういうことがあるんだ。
「………あ」
「ん?」
「試合は?出れるの?」
たしか、荒木先生にこの成績じゃ試合出さないって言われて私に勉強を教えてと言ってきたはずだ。テスト前の二週間、紫原君は私が思っていたよりもずっとがんばっていたけれど、試合に出れないんじゃ意味がない。
「他の教科がすげぇ点数あがってたから大丈夫。まさ子ちんも先輩たちも驚いてておもしろかったんだよー」
「そっか。それなら良かった」
「英語なんか73点。オレあんな点初めてとったし」
「え、すごい。勉強したかいあったね」
「うん。ミョウジさんのおかげだよー」
「紫原君もすごいがんばってたし、これだけ成果出るとおもしろいねぇ」
「うん。次もよろしくねー」
「……授業中あんまり寝ないでよ?紫原君やればできるんだから」
はーい。なんて、この子絶対寝る。今はテスト返しだとか、夏休みの課題だとか、そんなことで授業は簡単に終わるけど、紫原君は集中して授業を聞いていれば試験なんて大して勉強しなくても赤点はそんなにとらないで済むはずなのに。
「ねぇねぇミョウジさん」
「ん?」
「夏休みだよ」
「そうだね。夏休みだ」
「やだなー」
「………ん?」
夏休みがいやだなんて、そんな高校生この世にいたのか。私なんて早く早く夏休みになってほしい。
「なにがやなの」
「どうせ部活あるから学校来んのに、ミョウジさんに会えねーし。暑いし」
「んー会えるよ。ポテチの散歩あるじゃん」
「学校で会えねーじゃん。オレだけ学校つまんない」
「そんなこと言われてもねぇ。私部活入ってないし」
「やればいいじゃん。マネ」
これはまた、古い話を。もしかしてまだそのことを考えてたわけじゃないだろうけど、紫原君はなかなか頑固だ。
「マネはやらないけど、夏休みも部活終わるのこのくらいの時間?」
「んーどうだろ。早いかも。昼もやるらしいし」
「そっか。まぁ、ポテチの散歩はするよ」
「うん。それは絶対」
「絶対って。普通それ私が言うこと」
「だってポテチの散歩なかったら夏休み中会えねーし」
「そうだね。それはつまんない」
紫原君に会えないのはつまらない。紫原君もそう思ってくれることは嬉しいし私も同じだけれど、それをさらっと口にできてしまうのは紫原君が年下だからなんだろうなぁ。
「あ、そうだ」
「うん?なに。どうしたの。手出しても今日はお菓子ないよ」
「ちげーし」
私は頭にはてなマークを浮かべる。だっておもむろに手を差し出されてもなにか言ってくれないとわからない。お菓子ではないらしいし。
「もうー」
はぁと息を吐きながら、紫原君はリードを持つ私の手に彼の手を重ねた。熱い手だなぁ。
私の手と重なると、見ていたよりもずっとずっと大きな紫原君の手はそのまま私からリードをするりと抜きとった。再び空気にさらされる私の手は、手持ち無沙汰に残ったぬくもりを吸収していく。
「勉強教えてくれたお礼。ほんとは荷物持ちたかったんだけどミョウジさん今ポテチしか持ってないからさー」
「……変わったお礼だね」
「アラ?女の子って荷物持ってもらうの嬉しいんじゃねーの?」
「………黄瀬ちん?」
「そ。なんでわかったのー?ミョウジさんすごい」
紫原君が女の子はどうとか言うのは珍しいことだし、以前その話題で黄瀬ちんという人が登場していた。それにしても、そのまま鵜呑みで使ってくるところが紫原君らしい。
「そういうのはお礼とかじゃなくて不意にやるものじゃない?それか日常的に」
「ふぅん。まぁいっか」
「まぁ、ね。ありがと。ポテチも嬉しそうだし」
「ほんとだー。ミョウジさん嫌われてんじゃねーの」
「な、失礼だなぁ」
「うそうそ。ポテチはミョウジさん大好きだよー」
「なにそれへんなの」
「オレポテチ好きだからポテチが好きなミョウジさんも好きだよー」
「…なにそれもっとへんなの」
「えー。褒めてんだし」
ねーポテチ。紫原君の声に応えるようにポテチはぶんぶんと尻尾を振る。
「そういえば副主将が気にしてたよー。数学大丈夫だったかって」
「あ、今度またお礼言わないと」
「ふぅん。オレも、」
「うん。一人じゃちょっと不安だから紫原君も行こうって言おうと思ってた」
「なんだー。じゃあそれ言われんの待ってればよかったし」
「なんで」
「誘われる方が嬉しいじゃん」
思わず私が吹き出すと、紫原君はいつものことから察知したのか子供みたいって思われたんだと感じとった様子。少しむくれている。それでも、やっぱり子供みたいなものはそうなのだから仕方ない。
そういえばもううちの近く。初めこそ送りを断っていたけれど、時間をかけてそれはムダなことだと知った。いくら私が遠慮しても紫原君は言うことを聞いてはくれない。
じゃあねーと手を振った背中を今日は少し長めに見送った。