2年2組の教室、私の机の前に座る紫原君はいつになくむくれた表情をつくっている。どうしたものか。来てすぐのときは普通だったのに。
あれから紫原君は辞書貸してだとかお菓子ちょうだいだとか暇だからだとか、ちょこちょこ私のところへ遊びにくるようになった。そのおかげで初めは面白いものでも見つけたようだったクラスの人たちももう普通の光景だと何かを言ってくることもなくなった。
トイレに行っていた友達が帰ってくると、いつもと違う彼の様子にどうしたの?と聞いてきたけれど、私の困ったような笑い方を見て面倒ごとだと察したらしく、頑張れと残してまたどこかへ行ってしまった。
「……紫原君」
「…ん」
「あのー、どうかした?」
「べつに」
絶対どうかしてるじゃん。怒ってるじゃん。わかりやすすぎて逆にどうすればいいかわからない。子供ってむずかしい。
ここは一つ、甘いものでつってみるか。と今日の4限、調理実習でつくったマフィンを取り出す。しかしさっき弁当を食べたあとに半分ほど食べてしまっている。
「これ、いる?食べかけだけど」
「ん。いる」
お菓子を受けとる表情はいつものもので私はホッと安心する。だけどすぐに思い出したようにまたむすっとしてしまった。そんな顔して食べて、初めて紫原君の食べるお菓子がおいしくなさそうに見えた。
「半分じゃ足りねーし」
「んーでももう無いんだよねぇ」
「……あげたから?」
「え?うん。なんでわかったの」
「オレが来たときあげてたから」
まさか。それでか。この不機嫌は。
食後のデザートとしてマフィンを半分食べ終えて、幸せな気持ちで食べかけのマフィンとまだ手をつけていないマフィンを机に置いていたら「うわ、マフィンうまそ。ちょーだい」と半ば強引に手をつけていない方を奪われた。帰宅後の私のおやつになる予定だったのに。調理の授業は選択式だから、調理実習のときはいつも狙われるということを忘れていた。食事時の男子高校生は飢えている。
「調理室から甘い匂いしたからもしかしたらミョウジさん調理とってるかもって思って来たのにー」
「ごめんごめん。まさかそのために来ると思わなかったからさ」
「オレにはなかなか出してくれねーし。半分しかねーし」
「いや、うん。取られちゃったものは仕方ないでしょうよ」
「………ミョウジさんのバカ」
あーあ。紫原君はきっと、他の人が貰ってるのに、というかほぼ強奪だったんだけれど、自分にはなかなかくれないししかも半分。それが気に入らなかったのかもしれない。私も紫原君にあげようかという気持ちがなかったわけじゃない。けれど、今日来るとはわからなかったし散歩のときに持っていくほどのものかと自分のおやつにすることを決めたのだ。
「んー。そう言われましても」
「じゃあ今度なんかつくってきてよ」
「…え」
「ね」
「でも私あんまり手の混んだものとか作れないよ?クッキーくらいしか」
「いいよーいっぱいあれば」
「…質より量ね」
「ん。じゃあよろしくー」
お菓子の約束で機嫌が直った様子の紫原君は新しく出したポッキーを食べながら教室を出て行った。いつもああやって大量のお菓子を食べているんだから私のお菓子なんていらないんじゃないのか。まぁでも、紫原君の機嫌が直ってくれてよかった。