私は坂本の笑顔しか見たことがない。仕事で失敗したときだって私が怒っているときだっていつも大口開けて笑っている。
「むかつく」
「なんろ?」
「坂本はいつも笑ってばっかでむかつく」
「アッハッハ、なんろそりゃあ。意味がわからんき」
「ほら、また笑う」
坂本の笑顔を崩したくて追い詰めているつもりなのに、坂本はまた困ったように笑う。
「もっと素を出してほしいのに。いつもいつも壁があるみたいで腹立つ」
「…おまんが惚れたら困るろ?」
「………は」
いつにない真剣な顔に私は狼狽えるしかなくなる。なんだ、むかつく。
「わしに惚れたらおまんが大変じゃき」
「…ばーか」
「アッハッハ、わしはそのむかつく顔がお気に入りぜよ」
「そうやって一生笑ってろバカ」
(121005/笑顔の嫌いなお二人さん)
壁を作って笑う男と真意を隠して笑わない女