PM8時、少し重みのあるドアを押す。
「いらっしゃいませ。お一人様でよろしいですか?」
「あ、いえ。えっと、」
辺りを見渡すとフワフワ揺れる銀髪が片手を挙げた。
「なまえー、」
銀髪と同じようにユラユラと手を揺らしてここだここ、と示す銀時を見つけて店員さんに軽く会釈をした。
「さすが幹事、一番乗りだね」
「おぅよ。大体俺ァ高校時代から真面目だったからな」
「はいはい」
銀時が真面目だなんて笑える話だ。一番遅刻が多かったのは銀時だし一番練習をサボることが多かったのも銀時だ。欠席の数は晋助がダントツだったけど。
「おま、変わってねェなーそういう俺にひどいとこ」
「クルクルパーの銀時もね」
「お前それどっちだ、頭ん中か!?髪の毛か!?」
「んー…どっちも?」
「はい今日の二次会なまえ持ち決定」
「うわー女の子に出させるんだひどーい」
「男が出すのが当たり前と思うんじゃありません」
「…あ、そうだ辰馬に出してもらおうよ。お金持ちじゃん」
背もたれにもたれかかっていた銀時は私の言葉を聞いて賛成するようにニヤリと笑った。変わっていない。この笑顔も二人で何か企むとこも。
「アイツ今社長だしな」
「えっうそ!?若くない?」
「自分で会社経営してんだとよ。メール送ったらさり気なく自慢してきやがった」
銀時から「久々にバンドメンバーで集まろうぜ。つーことで、暇な日教えてくださーい」とメールが来たのは一週間くらい前。アドレスは消さないで残していたものの、正直メールが来た時は驚いた。高校を卒業してすぐの頃は銀時だけじゃなく辰馬やヅラとも多少はメールしていたけど、みんな働くようになったであろう今では連絡なんて全く取り合っていなかったのだ。
「ヅラは?」
「なんつってたっけなァ、なんか日本を変えるとか言って組織立ち上げたみてェだけどまぁアイツはフリーターだな」
「変わってないなぁヅラも」
「なまえは?」
「私は会社でパソコンカタカタやったり上司にお茶淹れたりしてる。銀時は?」
「俺ァなんでも屋みてェなの経営してるまァ社長だな」
「フリーターの間違いじゃなくて?」
「立派な社長さんだコノヤロー」
「ははは、そっか。やっぱり誰も音楽は続けてないんだね」
「ん?あァ、高杉はどうかわかんねェけど」
私がわざと出さなかった名前を銀時があっさりと出しすぎて、なんだ気にしているのは私だけかと可笑しくなった。
「今日晋助は?」
「わかんねェ。電話は出ねェしメールも返信ねェし。一応今日ここで集まるってメールしといたけど、来ねェかもな」
「へぇ、そっか」
ここはみんなで部活帰りによく寄っていたファミレス。夕方の空腹な時にバカみたいにはしゃいでバカみたいに色々食べた。私も銀時もヅラも辰馬も、晋助も。もしかしたら私たちの一番の思い出の場所かもしれない。バンド名を決めたのもこのファミレスで、打ち上げをするのもいつもここだった。
「…なんで別れたんだっけ?オメーら」
「晋助がフったんだよ」
「なんで」
「知らない。理由言ってくれないし電話もメールも返してくれないし」
「つーかそれ俺らもだからね。卒業した途端縁切りやがって。俺がエロ本貸してやった恩を忘れたのかアノヤロー」
「…へぇ」
ジトっとした目で銀時を見れば、咄嗟に身振り手振りを大きくして弁解し始めた。焦っているのが丸わかりだ。
「いや、ちげェよ、ちげェよ?なんつーか、あれだ。曲作るのにいるんだよ」
「もういいよ銀時。どこで何やってようがあなたたちの自由ですから」
私が冷たい視線を浴びせ続けていると、明るい声がこの雰囲気を打ち消した。
「おー、おんしら早いのぉ!」
「銀時が集合時間前に来ているとは珍しいな」
私の横に辰馬、銀時の横にヅラが座った。
「あれ、オメーら一緒?」
「ちょうどそこで会ったんじゃ」
「変わってないな、3人とも」
「ヅラも全然変わっとらんき」
「ほんと、そのままだね」
「でもよ、あの辰馬が社長だぜ?ヅラはまぁフリーターになると思ってたけどよ」
「フリーターじゃない、桂だ」
ヅラの相変わらずな言葉が聞けて微笑ましくはあったけど、面倒だからそのままにしておいた。
「てかフリーターは銀時もでしょ」
「俺も社長だっつーの」
「なまえは何しとるがか?」
「私は普通に会社で働いてるよ」
「一番想像できる姿だな」
全員の近況がわかったところで、やっぱり変な雰囲気が流れる。その中で最初に言葉を発したのはヅラだった。
「…やはり、高杉は来てないか」
「メールも電話も返さんと何しちゅう」
「さァな、俺らもその話してたとこだ」
な。と私の方に視線を投げかけてくる銀時に軽くため息を吐きつつ、このメンバーで集まれたことを素直にうれしく思った。
「とりあえずさ、何か頼む?」
「そうだな、話はそれからだ」
「お前ら明日は予定ねェんだよな?」
「休みにしてきたき大丈夫じゃ」
「私も明日は休み」
「ヅラはフリーターだからいいとして」
「銀時お前もだろう」
「ちげェよ」
「もういいから押すよー?」
返事も聞かずに店員さんを呼ぶボタンを押した。
長く楽しい夜が、始まる。
元ファミレス依存者ズ