「あ、跡部や。おはようさん」


正門を潜ってすぐ、ふらりと現れた忍足から笑顔でされた挨拶に、心拍数が上がる。
ドクドクと、今にも破裂するんじゃないかと心配になる程、俺の意思とは無関係に心臓が脈打つ。
そんな自分を悟られたくなくて、笑顔でこっちを見てくる忍足からふいっと視線を逸らした。


「…」

「…え?あれ?無視?おーい、跡部ー?」

「……んだよ」

「だから、おはようさん」


いつの間にか隣に並んで歩いていた忍足が、立ち止まり少しだけ屈んで俺に目線を合わせると、にこりとさっきと同じ笑みを浮かべ、さっきと同じ様に挨拶をした。
思ったより近い距離と、合わさった視線に、ドクンと心臓が跳ねたのを感じて、慌てて目を逸らす。
そして小さく、本当に小さく、ハヨ、と呟いた。

俺の小さな挨拶が聞こえたんだろう忍足は、満足そうに笑うとゆっくりと歩きだした。


「…あ、せや。跡部は今日、部活顔出すん?」

「…あぁ。今日は特に予定もないし、たまには顔出してやんねぇとな」

「ふーん…ほな、俺も出ようかな」


まぁ、面倒くさいから後輩の面倒は見んけどな、なんて笑いながら言った忍足に、んなの元部長の俺様が許さねぇと軽口を返した。

教室までの、ほんの数十分の会話。
たったこれだけのことで、心臓はいつもの倍は働いてんじゃねぇのかってくらいドクドク言ってて、胸の内側がほんのり温かくなって、説明し難い思いが、俺を埋め尽くした。


「あ、着いた。ほな、跡部。ちゃんと授業受けるんやで」

「誰に言ってんだ、テメェ」

「ははっ、ジョーダンやって」


そう言って笑った忍足は、ぽんぽんと俺の頭を数回叩くと、ひらりと手を振って自分のクラスへ向かった。

頭を叩くのなんて、忍足にはなんてことないスキンシップなんだろう。
だけど、そんななんてことないスキンシップに、俺の心臓は破裂寸前。
思わず忍足が去っていった方を少しだけ睨み付けて、絶対に赤くなっているだろう顔を隠すために小さく俯き、悪態をついた。


「……ばかおしたり…」


ぽつり、誰にも聞こえないよう呟いた言葉は、すぐに廊下に消えていった…はずだった。


「だーれがバカやって?せめてアホにしてくれん?」

「っ!?」


ぽすっと頭に乗った手と、聞き慣れた訛り。
パッと顔をあげれば、さっき去っていったはずの忍足が笑みを浮かべて立っていた。


「お…したり?」


何でここにいるんだ?という疑問を含ませた目で見れば、忍足はうーんと唸って苦笑を浮かべた。


「いや、そんな対したことないんやけど…放課後、一緒に部活行かんかな〜って聞こうと思ってたのに聞くの忘れてたから、聞きに戻ってん」


嫌?と首を傾げた忍足に、デカイ図体して首傾げんなとか思いつつ、緩く首を振る。
それを確認した忍足は、俺の頭に乗せたままだった手でわしゃわしゃと頭を撫で回し、跡部の頭ぐちゃぐちゃになったーなんて言いながら笑った。


「っテメ…お前も頭ぐちゃぐちゃにしてやろうか…!?」

「うわっ、それは困るわー」

「あぁん!?俺だって困るんだよ!」

「…跡部は頭ぐちゃぐちゃでも美人さんやでー?」

「なっ…んな問題じゃねぇだろうがアホ!」


忍足の言葉に頬が熱を帯びた気がした。
それを誤魔化すように忍足に拳をぶつけようと振り上げたけれど、俺の拳は忍足に当たることなく、忍足の手のひらに包まれていて。


「…っこの野郎!黙って殴られやがれ!」

「いやいや、痛いやん。俺痛いのイヤやもん」

「お前みたいなデカイ図体したヤツが‘もん’なんて言っても可愛くねぇんだよ!」

「いや、俺別に可愛さ求めてるわけやないから…って、んなことどうでもえぇねん」


そう言って小さくため息を吐いた忍足は、掴んだままだった俺の手をぐいっと引っ張り、つんのめった俺をぎゅうと抱きしめた。

…抱き、しめた?


「!?なっ、何してんだアホ!離せ!」

「だめ」

「あぁ!?離せっつってんだろうが!この似非関西人!」

「いや、俺生粋の関西人やから。てか、この状況は跡部が可愛すぎるのが悪いんやからな?」

「はぁ!?」


ほんの少しだけ俺より上にある忍足の顔を覗けば、忍足は薄らと目元を赤らめて困ったように笑いながら俺を見ていた。
初めてみるその表情にぽかんとしていると、忍足はすっと目を細め、気がついたときには忍足と俺との距離はゼロになっていて。


「!?」

「…あー…もう跡部ほんま可愛い」

「なっ…なにして…っ!」


パクパクと声にならない声を出そうとする俺を見ながら、忍足は苦笑して、言った。


「跡部が、好きなんや。大分前から」

「…………は?」

「結構アピールしたつもりなんやけど跡部は全く気付かんし、気付かんだけならまだしも、無意識に俺の理性さんを崩壊させかけるような行動取るし…」

「………」

「なぁ、跡部。好きやで。めっちゃ大事にする。せやから…付き合うて?」

「…っ…」


ぎゅうっとさっきより強く、俺を抱きしめる腕に力を入れた忍足。
俺を好きだと言った忍足の顔は至極マジメで、ボンッと音を立てる勢いで赤くなった顔を隠すように、俺は忍足の首元に顔を埋め、小さく呟く。


「…………お、れも…好き」

「!…跡部、顔上げて?」

「イ ヤ だ」


確実に赤くなってるだろう顔を見られたくなくて、忍足の首元に顔を埋めたままふるふると首を振った。
…俺からしたら、ただ顔を見られたくなくて首を振っただけだったのに。


「…跡部…可愛すぎやろ…お持ち帰りしてもえぇ?つかもう持って帰る」

「…は?何言っ…おい!?」


ぼそりと意味不明なことを呟いた忍足は、俺の膝裏と背中に手を回し、横抱きにして歩き出した。


「離せ!降ろせ!止まれ!」

「無理」

「あぁ!?無理、じゃねぇよ!止まりやがれ!」


俺の文句を一切気にせず忍足はにっこり笑うと、俺に唇を寄せて愛してると宣った。


「…っ…テメェ……調子に乗るんじゃねぇ!」

「ごふっ!」


バキッと鈍い音がして、忍足が後ろに傾いた隙に、上手く地面に着地した。
顔面を押さえて蹲る忍足に蹴りを一発食らわせ、俺は教室ではなく生徒会室に足を向ける。
…さすがの俺でも‘あんなもの’を見られた後で教室に行ける程神経図太くないからな。


「…痛っー…って、ちょ、跡部!置いてかんでやー!」

「うるせぇ!お前はそこで3時間ぐらい反省してろ!」


えぇー!なんていう忍足の不満気な声と、ドクドクと早鐘を打つ胸は無視して歩を進めた。





心拍数上昇理由
(あ、跡部だ)
(あ?…萩之介か)
(忍足とようやくくっついたんだねー。おめでとー)
(……………は?)
(あれ?違うの?噂になってたよ?教室の前で熱烈なちゅーしてたとか、ようやく忍足が報われたとか、結婚式は来月だとか…他にもイロイロ)
(……)





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