翠の背後に迫る屍人。その手に握られた鎚が翠の頭上に勢いよく振り下ろされた。
ドゴシャッ
重く鈍い音を立てて砕け散り、辺りに土煙が舞う。その奥で、屍人の瞳がギラリと光った。振り下ろされた鎚は、翠に当たることなく地面にめり込んでいる。
「茶番に付き合ってくれて、どーもね」 「あんだけ殺気向けられて気付かないわけないって」
屍人の攻撃の軌道を読んだ茂庭の魔眼によって回避した二人は、各々武器を構えて周囲に集まる屍人を警戒している。奇襲を仕掛けて翠を先に始末するつもりが、あっさり看破されてしまった屍人どもの怒りが高まる。
「ヴァア゛ア゛ア゛ア゛ア゛アァァ!!!!」
屍人どもが今までにないほどの咆哮を上げ、ビリビリと空気を震わせる。同時に視界が歪むほどの瘴気が辺りに撒き散らされ、二人は表情を不快に歪めた。
「ぐっ……酷いな、これは……」 「長引かせたらこっちが不利だね……魔法で一掃出来ない?」 「そうだな……奴ら俺からは距離を取って散らばってるみたいだからな」 「じゃあ私に引き付ける。タイミングは任せるよ」 「無理はしないで」
つまりは囮作戦というわけだが、茂庭は翠に危険だと止めに入ることはしない。多少の心配はしても、信頼の方が勝るからだ。彼女ならやり遂げる、と。
「よっ……と」
軽い掛け声と共に翠が跳躍する。“封神”の血族である翠は優れた身体能力を有し、人智を超えた運動能力を発揮する。故に、軽く地面を蹴る程度で民家の屋根に飛び乗ることなど容易いのだ。“封神”の種族に限らず、“カミガカリ”たちは総じて並外れた身体能力を持っている為、この程度ならば茂庭にも出来る。
屋根に飛び乗っても尚、視界はほぼ瘴気に遮られている。薄らと蠢く無数の影は恐らく屍人だろう。翠と茂庭が二手に分かれると、屍人どもは真っ先に翠に敵意を向けた。翠が屋根を伝って移動すれば、それに合わせて屍人の影もついてくる。走りながらチラリと後方に意識を向けると茂庭が居たであろう位置に光が見えたので、おそらく詠唱でもして準備をしているのだろう。と、よそ見をしていると前方から襲いかかってきた屍人への反応が遅れてしまった。
「うわっ……と!」
寸前で屍人の攻撃を避けると、勢いよく振り下ろされた鎚が屋根を砕く。足場を崩された衝撃でそのまま地面に着地をするが、そこは見事に屍人のど真ん中。
「おおう、四面楚歌ッ……っとと」
着地をして直ぐに屍人からの攻撃が繰り広げられ、体勢を整えられない。翠に反撃の余地を与えないようにと次々と翠に向かって鎚が振り下ろされる。ひょこひょこと飛び退いては攻撃を避けて間合いがあれば刀で弾き飛ばすが、防戦一方の翠に対し、屍人どもはどんどんと間合いを詰めてくる。
「ん゛……瘴気きっつ…ッ…げほっ…」
周囲を屍人に取り囲まれている為、翠を取り巻く瘴気も勢いを増す。目に見えてわかるほど穢れた空気を吸い込んだ翠は思わず咳き込んでしまい、そのおかげで一瞬体勢が崩れて屍人の攻撃が腕を掠めてしまう。
「ッつ……!」
瞬間、触れた部分に凍り付くような痛みが走る。氷の塊で急激に冷やされたように、痛い。
「冷気持ち…?いったいな……!」
凍るような痛みで感覚が麻痺し、動きが鈍る。視界の端に、冷気を纏って冷ややかな空気を醸す鎚がいくつも振り下ろされるのが見えた。攻撃を凌ごうと刀を振り上げるが、そのタイミングで再び吸い込んでしまった瘴気によって呼吸が乱れてしまう。ヒヤリ、と背筋に嫌な緊張が走り、翠の表情が歪んだ。
(避けられない…!)
グシャァッ…!!
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