一瞬の一太刀で多数の敵を葬り、襲いかかる屍人の数を減らした翠。斬撃の軌道外にいた屍人は茂庭の魔法によって砕け散っている。周囲にある建物も巻き込んで破壊し、攻撃の音が止んで辺りに一時の静けさが訪れた。襲い来る屍人の姿も見えず、これで終わり……とはいかない。何故ならば、結界が解けていないから。

「んー……何処行った?」
「屍人の知能は低いし、何か作戦があって退いたってわけじゃないだろうなぁ」
「単にビビったんじゃない?とにかく、全滅させないことには結界から出られないし」
「わかってる。探ってみるよ」
「はーい」

 チキキ……と茂庭の瞳に強い光が宿る。魔法陣のような模様が浮かんだ瞳がゆっくりと周囲に巡らされる。

「……見当たらないな」
「要に見つけられない場所まで逃げるとか、随分な逃げ足だね」
「感心してる場合じゃないだろ……せめて方角がわかればな」
「……あ、」

 霊力結界の広さは大体1kmに及ぶ。手当たり次第に探せば見つけ出せそうな範囲だが、生憎と長居はしていられない空間なのだ。だからこそ、出来るだけ手間をかけず、素早く殲滅したい。しかし、目の前の屍人の相手をしている間に他数体の屍人は姿を晦ましてしまった。“魔眼”の種族である茂庭の“千里眼”をもってしても見つからないところまで。さて、どうしたものかと頭を捻る直前で翠が何かに気付いた声を出す。茂庭が彼女に視線を向けると、翠は地面を指差していた。

「……目印、みっけ」

 指差した先には、新たに寄生する腐敗した体を求めて地面を這う蛆虫の群れ。







 ズリズリと地面を這いずる蛆を目印に進む二人。周りの景色は、反転していることを除いて普段から見慣れた住宅街が続いていた。しかし、この空間の空気はとても重々しく、絶え間なく光の雨がチカチカと降り注いでいる。

「……ん、こっちで間違いないね」
「瘴気で溢れてるもんな。さて、どう出てくるか……」

 目印にして追っていた蛆虫たちは寄生する体を見つけたのか、辺りにはもういなかった。しかし、周囲は明らかに瘴気で満ちている。

「うぅ……なんか、気持ち悪くなってきた……」
「あいつら、倒された仲間の瘴気も取り込んでいるみたいだからな……ほら、しっかりしろ」

 “超常存在”のみが扱える“霊力結界”は、膨大な霊力を使用して世界に微弱な歪みを生じさせて出来る空間である。“霊力結界”は、“超常存在”たちが一般人を巻き込まないように戦う為に利用されたり、光を逃れる為だったり、隠れ蓑として使用されたりと様々な使い道がある。しかし、そういった“歪み”は少なからず人類の身に影響を及ぼしてしまうのだ。肉体の許容を超えた霊力は、身を滅ぼしてしまう。特に、“カミガカリ”たちは霊力の影響を受けやすいのだ。
 翠は肉体に感じる霊力の影響と強い瘴気による息苦しさに顔を歪めた。口元を抑えて立ち止まった翠に、茂庭はグリモワールを取り出した時と同様に小さな霊力結界へと手を突っ込み、中からミネラルウォーターを取り出して渡す。小さな霊力結界は、こういった荷物の保管庫としても重宝される。

「ありがと、要おかーさん……」
「誰がお母さんだ」
「だって水なんて常備してないよ私。これならある」

 貰った水を遠慮なく飲んで気分を落ち着かせると、同じように翠も自身の霊力結界へと手を突っ込んだ。中から出てきたものを見せられた茂庭は呆れたように眉を下げる。

「……茎わかめ。お前それ本当好きだよな……」
「おいしーじゃん」

 気分が落ち着いたどころか、今現在敵対している“超常存在”との戦闘中だというのに二人の空気はのんびりとしている。それを隙と見て今が好機と思ったのか、いつの間にか二人を囲み込むように集まっていた屍人の群れが建物の陰から一斉に飛び出してきた。


 翠の直ぐ背後に、屍人の姿。