屍人の群れが二人に襲いかかると同時に翠の前に立ち塞がるように一歩出た茂庭は、広げた本を前に掲げた。すると、ひとりでにページがぱらぱらと捲られ、止まる。止まったそのページから日本語ではない文字が浮かび上がり、その文字は本を抜け出して空中でくるくると回る。浮かび上がってきた文字を、茂庭は向かってくる屍人の群れにぶつけるように手で払い除けた。

「大魔術行使!」

 カッ……と目が眩むような光が屍人を襲う。しかし眩しいと感じるのも一瞬で、激しい閃光と共にドォン!と大きな爆発音が起こる。魔法が直撃した数体の屍人はその身の再生も行えないほどに粉々に散っていた。
直撃は免れたものの、威力の高い魔法に巻き込まれた周囲もただでは済まず、足を止めた。その中には茂庭の魔法攻撃に怯み、後退して逃げようとする屍人もいた。しかし、その背後に回り込んでいた人影。

「そっちから仕掛けておいて逃げるなんて……根性が足りないなぁ」

 翠が刀を抜いたのは一瞬。太刀筋が見えたと思ったその時には既に納刀が行われ、代わりにずるり、と視界が左右に不自然に裂ける。体の中心真っ直ぐに食らった一太刀により、そのまま裂けた体は瘴気を吐きながら崩れ落ちた。寄生する体を失った蛆虫が他の屍人へと居場所を変えて地面を這っていく様を見て、翠は思わず目を背けた。

「うへぇ……」
「おい、よそ見すんな!行ったぞ!」

 茂庭の声に視線を戻すと、目前に別の屍人が迫ってきていた。距離のせいか、雄叫びを上げる大きな口や窪んだ目から這い出てくる蛆虫が嫌に目に付く。巨大な鎚が振り下ろされる瞬間に後ろへ飛び退き、地面にめり込んだ鎚を引き上げられる前にその腕を切り落とした。

「オ゛オ゛ォァア゛ア゛アァ!!!!」

 気が狂いそうな咆哮を上げながら、屍人が天を仰ぐ。すると、その咆哮に答えるように周囲にあった瘴気が屍人へと集まり、腐った体がボコボコと音を立てた。やがて翠によって切り落とされた腕が、斬られた場所から再生していく。

「屍人の再生能力は面倒ね……ゾンビだし、やっぱり首を切り落とさないとか」

 そう思考している間にも、腕を再生させた屍人が地面にめり込んだままだった鎚を構えた。相変わらず蛆が集り、その身を為す肉は腐っていく。

「……まぁ、再生しても腐ってるから脆くはあるんだよね」

 遠距離で魔法攻撃が行える茂庭に近付くことは諦めたのか、ターゲットを翠に絞った屍人どもが周囲に集まる。翠も全く魔法が使えないわけではないが茂庭程ではなく、専ら物理攻撃を得意としている。長所は短所でもある。剣を扱う翠の懐に入って間合いを縮めてしまえば傷を与えることが出来るのだ。屍人の知能は低いが、本能で魔法を使う茂庭を避けたらしい。

「ん、確かに要は私より強いけどねー」

 とにかく、迂闊に距離を縮めてしまうのはよくないと判断した翠は太刀を縦に構えた。鞘からほんの少し刀を抜く。

「神力音叉!」

 金打を思わせる動作で、カチンと音を立てて抜いた刀を鞘に戻す。すると、翠を中心に波紋のように音の輪が広がっていく。
 翠が『神力音叉』を発動している間にも屍人どもは待ってはくれない。発動する間の隙を見て、一斉に襲いかかっていく。しかし、茂庭はそれすらも読んでいた。まるで屍人の動く一歩先を見切っているように、光の柱を撃ち落として屍人の攻撃を阻止している。

「俺がいるんだから、させないって」

 不敵に言う茂庭の瞳から虹色の模様が浮かび上がって力強く輝き、チキキ……と屍人どもの動きを捉えて離さない。

「……さっすが要」

 光の柱に阻まれて身動きが出来ない屍人の目の前から光が消えると、ニヤリと口角を上げて笑う翠の姿が目の前にあった。本能で飛びかかろうとする屍人よりも先に、目にも止まらぬ速さで翠が抜刀する。素早い太刀筋が残像となって一瞬煌めいて目の前の屍人の上半身が切り離され、ドチャッと鈍い音を立てて地面に崩れ落ちた。次いでドチャ、ドチャリ……とまた崩れ落ちる音。一閃の残像が波紋のように広がり、目の前にいた屍人だけでなく、その屍人の周囲にいた屍人も同様に切り伏せた。

「売られた喧嘩は買うよ。覚悟してよね!」