既に鶯丸を顕現させた子供として、少女は施設内では一躍時の人となった。何せ、常に刀剣男士である鶯丸が近くにいる。いくら審神者候補の適正者たちでも自然と目が行った。更に言えば鶯丸は稀少と呼ばれる刀剣であり、その顕現率は天下五剣に次いで低い。稀少刀剣は他にも何口かいるが、つまり鶯丸はレア刀剣のうちの一振りだった。それが余計に周りの関心を引く。鶯丸以外にも、この施設には刀剣男士が現れる。適正者達への指導の為、本丸を持つ熟練の審神者が連れてくるのだ。
 そういうわけで、刀剣男士が度々訪れるこの施設内では本名を名乗ることは憚る。出入りをする政府の職員はコードネームで呼ばれ、在籍している適正者達も同様だ。そんな中、来て早々に少女についた呼び名。



「あっ、鶯丸だ……」
「ってことは……いた、小梅ちゃんだ」



 鶯に愛される小さな花。少女についたのはそんな名だった。



「みてみて、鶯丸!イロハおねーさんから、えほんもらったよ!」
「それは良かったな。どんな本なんだ?」
「えっとね……しずくがぼうけんするんだって!」
「それはまた……よくわからないな?」
「ねー!でもよむのたのしみっ」

 イロハお姉さんとは、小梅を担当する政府の役人である。イロハは勿論コードネームだ。
 小梅は嬉しそうに絵本を抱えて鶯丸を見上げる。その視線を受けて手を差し出すと、小さな手と繋がれる。こうして他者にも見えるよう顕現されてから触れ合う機会が増えた二人。その様子に見ている側がほっこりと癒されているのは少なくない。

「きょうはね、じんけー?のおべんきょうだって」
「もう陣形を学ぶようになったのか?凄いな」
「だいじなことだってー」
「あぁ、陣形によって戦況の流れが変わるからな」

 小梅は物事の覚えが非常に良かった。子供故に吸収力があるというのもあるが、何より“鶯丸の為”に覚えるというのが幸を成している。鶯丸もそれがわかって手放しに褒めてくれる。

「むずかしい?」
「最初はそうだろうな。だからこそ学ぶんだ」
「ん〜……うん。がんばるっ」
「学は好きなのだろう?」
「うん!しらないことおぼえるの、たのしいよ!」
「なら心配ないな」

 補生達にはそれぞれ個室が用意され、政府からの待遇は良好だ。小梅も例外でなく、勿論鶯丸と同室である。元々小梅の家に住んでいた時から彼女の自室に出入りしていた為何ら変わりはない。大きめのベッドに二人で潜り込み、小梅が眠るまで鶯丸が話を聞かせるのが常だ。それは役人から貰った絵本であったり、鶯丸の世間話だったりと様々。

「きょうは、なんのおはなし?」
「そうだな。今日は大包平の話でもしようか」
「おおかねひら!またー」
「嫌か?」
「んーん!おおかねひらのおはなしすきだよ、鶯丸、うれしそう!」

 にこにこと笑いながら枕をぎゅっと抱き締める。鶯丸は小梅の毛布を肩まで掛け直すと頬杖をついて半身を向ける。片方の手は毛布越しに体を撫でるように置かれている。小梅と過ごすことであやしスキルがぐんぐんと上がっていく鶯丸。嬉しそうに話す優しい声と、一定のリズムで叩かれる優しい掌に小梅の意識は微睡んでいく。

「……おやすみ、陽和」







 政府の施設へと移る途中、ひっそりと行われた契約があった。



「鶯丸」

「なんだ?」

「なまえ……よんでほしい」

「………」

「パパと、ママとはなれちゃうからダメって、鶯丸いってた」

「…あぁ、言ったな」

「パパとママ、いなくなっちゃったよ」

「………」

「鶯丸も、いなくなっちゃう?」

「ならない。約束しただろう?」

「わかんないよ」

「わからないとは?」

「わかんない……でもこわい」

「何が怖い?」

「……おいてかないで。いなくなったらやだ」

「そんな事はしない。何故そう思うんだ?」

「だってっ……いなくなっちゃったもんっ!パパとママ……ずっといっしょじゃなかったもん……」

「………」

「なまえ、おしえたら、つれてってくれるんでしょ?ぜったい、いっしょでしょ?」

「……そうだな」

「いっしょがいい……ずっと……なまえ、よんでっ……」







「…………………わかった」



こうして、梅の花は鶯の元へ落ちていった。