先日新しく仲間になった鶴丸と一期は早速、燭台切の練度上げという洗礼を受けていた。「二人共刀装3つ装備出来るし、多少無理しても大丈夫だよね!」と、初期練度にも関わらず長篠へと連れて行かれた。しかし刀装を何度も溶かしながらも戦場を駆け回っていたおかげかそれに伴う程の実力はついた気がする。練度も特まで上がって能力が解放され、より己の力を発揮しやすくなってから暫くして、漸く敵を一撃で葬れるようになっていった。刀であるが故か、こうして自分が強くなっていくのを実感すると血が騒ぐ。それから幾度かの出陣を経て、一期が初めて誉を取った。

「いち兄が誉ですね、流石です!」

 ふわり、と己から桜が舞う初めての感覚に一期は茫然と掌を見た。そばでは弟の平野が自分のことのように喜んでいる。

「ありがとう、平野。何だかこそばゆい感覚だ……」
「あ、わかるよ。僕も初めて誉桜が舞った時擽ったかった」

 自分の周りをチラチラと舞う桜を見ていると何だか戦場で浮かれてしまっているようで恥ずかしくなってくる。それでもやる気は通常以上に出ている感覚がするから侮れない。鶯丸を初めとして、ずっと隊を組んできた四人は絶えず桜が舞っている。少数精鋭で戦場を駆け抜けるために常にコンディションを整えているらしい。

「資源も確保したし、そろそろ帰ろうよ」
「そうさな、主もお待ちかねだろう」

 小夜と鶴丸が資源を手分けして持ち、さっさと帰還ゲートへと向かって歩いていく。平野と燭台切もそれに続き、鶯丸も続いたが一期を抜いたところで あ、と思い出したように振り返った。

「初めての誉は主から褒美があるぞ」
「褒美、ですか」

 それだけ言うと、鶯丸はにこりと目元を緩めてゲートへと行ってしまった。小さな主からの褒美とは想像がつかない。一体何を賜るのやら、と湧き上がりそうになる若干の期待を押さえ込みながら一期もゲートを潜って本丸へと帰還していった。

「おかえり!」

 帰還ゲートを抜けて本丸へと続く鳥居を抜けると、直ぐに小さな主が出迎えてくれる。こうして出陣で皆が本丸を抜けている時は帰還の知らせを受けると一目散に鳥居へと駆けつけているようで、こちらとしても主の姿を直ぐに確認できて安心する。

「俺は資材を置いてくるぜ」
「僕も行くよ」

 主への帰還の挨拶を終えると資材を持っていた鶴丸と小夜が離れていった。自分も手伝おうとその二人を追おうとしたが、いつの間にか背後にいた鶯丸に押されて少女の前へと押し出される。

「あの、鶯丸殿……?」
「小梅、今日は一期が初めて誉を取ったぞ」
「わぁっ、ほんと?!」

 鶯丸の言葉に少女はキラキラと目を輝かせた。パチパチと手を叩いて喜び、「おめでと!」と元気な声で祝ってくれている。一期は照れくさそうに頬を掻いたあと、少女の前に膝をついた。

「お褒めいただき、ありがとうございます」

 すると、少女は張り切ったように拳を握って一期を見た。

「あのね、すぐくるからね、ここでまってて!」
「ここで、ですか?」
「小梅、流石に外は……広間にしよう」
「わかった!」

 何やら興奮状態で告げる少女に一期は首を傾げる。横で鶯丸が苦笑いをしながら待ったをかけると、少女は平野を連れて走り去ってしまった。飛ぶように去った出来事に理解が全く追いつかない一期は困惑したように鶯丸を見た。

「あの……」
「まあ、広間で待つといいさ。先程言った褒美、だ」
「あぁ……成る程」

 どうやら少女は一期に賜る為の“褒美”を取りに行っているらしい。それを持ってくるから待っていてくれということだ。

 鶯丸と燭台切も自室へと戻ってしまった今、一期は一人ぽつんと広間に座って待っていた。待つ時間が異様に長く感じてしまうのは、緊張してしまっているからだろうか。広い本丸の割に住んでいる人数が少ないためか、周りに誰かが居なければとても静かだ。カチ、カチという時計の音が嫌に耳についた。

カチ、カチ、カチ、カチ、…トッ、カチ、トットッ、カチ、

 手持ち無沙汰に時計の音に耳を傾けていると、その音に混じって何か違う音が聞こえてきた。その音は段々と近付いてきていて、走りたいけれどそれを我慢して只管急いでいる小さな足音。音の方へと視線を向けて待っていると、ひょっこりと少女が顔を覗かせてパァッとその表情に笑顔を浮かべる。

「いた!」

 とても嬉しそうにニコニコと笑みを浮かべたまま近付いてくる少女は後ろ手に何かを隠しているようで、両手を背中に回して隠している。ひょこひょこと飛ぶように近付いて一期の前に来ると、ちょうど視線が目の前で合う。

「ちょっとね、したむいて?」
「はい。こう、ですか?」
「ん!」

 少女に言われた通りに顔を前に倒すようにして俯く。すると、満足そうな返事の後、何かが頭を通って首にかかった。なんだ、と思わず目を見張れば俯いた視線の先で何かが揺れている。通された紐の先は首に繋がっている。

「これ、は……」

 視線の先で揺れているそれを手に取ってみる。円状のそれはよくよく見てみると段ボールで出来ていて、その表面に水色の折り紙が貼られていた。そして平仮名で書かれたメッセージ。
“いちごひとふり”
ぺらり、と裏返して反対側も見る。
“いちばん おめでとう”
 鶯丸が言っていた褒美。それは少女自らが作った誉メダルである。あぁ、これは確かに褒美だな、と一期は嬉しさで泣くかと思った。自分の為にこれを作ってくれたのだ。しかも出来立てほやほやである。頬が緩むのを抑えきれないまま、目の前の主にお礼を言おうと顔をあげようとしたところでポン、と頭に何かが乗せられた。

「一期、えらいえらい!」

 そのまま、よしよしと小さな手で頭を撫でられる。撫でられながらゆっくりと顔を上げると、パチリと少女と目があった。そして少女はヘラリと嬉しそうに笑い、また「えらいえらい」と一期を褒める。自分のことのように喜んで、手作りの褒美までくれた小さな主に一期は。

「あるじどのとうとい」

 遂に声に出た。緩んだ顔を見せてはならない、というより自分が今どんな顔をしているかさっぱりわからず、泣けなしの理性で顔を覆うと震えた声で「ありがとうございます」となんとかお礼を言った。どういうことだ……尊い。
 頭に疑問符を浮かべたまま尚も頭を撫で続ける少女に耐え切れずに、一期はとうとう顔を覆ったまま上体を床に伏せ悶えていた。「あぁ……尊い……ありがとうございます……」と僅かに声が聞こえる。いきなり伏せてしまった一期に対し、わけがわからないまま少女は撫でるのをやめてしゃがみこんで様子を伺っていた。

「……こりゃどういう状況だ?」
「あ、鶴丸だー」

 広間で起こっている状況に心底困惑した声で聞いてきたのは通りかかった鶴丸だ。少女はとたとたと鶴丸に駆け寄って羽織を掴む。一期を振り返ると、まだ伏したまま動かない。

「一期、だいじょうぶかな?」

 そう鶴丸に聞いてくるので心配になって一期の様子を伺ってみる。「……主殿が、とうとい……」あ、こりゃ大丈夫だな。

「大丈夫だ、心配いらない」
「ほんと?」
「あぁ。大体通常通りだな」

 ふぅん、と一期にチラリと視線を向けた少女は直ぐに鶴丸へと向き直り、くいくいと羽織を引っ張った。

「ね、おそとであそぼ!」
「あぁ、いいぜ。今日は何をしようか」
「ケンケンパしよ!」
「よしきた!」

 渡したいものも渡せたし、大丈夫ならばいいか、と少女の切り替えは早い。既に頭は遊ぶことに意識が行っているようで、鶴丸の手を引いて外へと引っ張っていく。去り際に鶴丸はチラリと一期に視線を送ってみた。「……主殿、うぅ……」まだ暫くかかりそうである。







 少女と鶴丸がやってきたのは本丸の中庭。先に庭先に降りた鶴丸は、木の近くへと寄ってキョロキョロと辺りを見渡す。そうして見つけた木の枝を持って戻ると、少女が地面にある小石を退けて場所を取っていた。

「ここか?」
「うん!かいてー」
「おう、ちょっと待ってな」

 枝先で地面をガリガリと削り、丸を描いていく。丸が一つ、丸が一つ、丸が二つ、丸が一つ……と円を繋げていくと、後ろからトタトタと地面を蹴る音。

「ね、ここね、まるじゃないのにしよ!」
「んじゃあ四角にでもするか。何で変えるんだ?」
「ここでね、ポーズするんだよ!ジャーンって!」
「そりゃ面白そうだな。ならもう一箇所変えるとしよう」

 そうして途中に四角を一つ、もう一箇所の四角は締めの最後に二つ付け足した。

「ほい、これでどうだ!小梅、いいぜー」
「うん!いくよーっ」
「よしこーい!」

 スタートラインに立った少女の向かい、ゴール地点で鶴丸が手を振って合図をする。

「けんっ、けんっ、ぱっ!」

 一歩一歩声に出しながらゆっくりと進む。片足が続く場所ではグラグラともたついてしまうものの、足をついてしまうことなく最初の四角へとたどり着いた。四角が一つの、片足だけの場所。少女がポーズを取りやすいように、一歩前の場所は丸が二つの両足の場所である。

「さ、驚きのポーズを見せてくれー」
「ん!」

 鶴丸の声にやる気を出した少女はぐっと拳を握り、片足を上げて一歩踏み出した。膝を曲げて地面からあげている片足を真横にぐっと伸ばし、両手も真横に向かってぐんと伸ばして止まった。

「はいっ!」
「おお!凄いな小梅、そんなに上手に立てるのか!」
「へへ〜」

 パチパチと拍手をして褒める鶴丸に少女は上機嫌だ。あともう少しだ、と応援する声を聞きながらまた一歩一歩、円を超えていく。

「あと少しだぞ〜、頑張れ!」
「けんっ…っぱ!けんっ、けんっ……っぱ!」
「よし、到着!捕まえたぜ」
「きゃははっ」

 しゃがんで待っていた鶴丸は、少女が最後の四角で両手を上げて万歳のポーズを取ると、そのまま抱き上げてくるりと一回転。地面に下ろされた少女はご満悦の表情を浮かべて鶴丸を見上げている。

「つぎは、鶴丸のばんだよ!」
「あぁ、うんと驚かせてやろう!」

 ぱちん、とハイタッチを交わすと今度は鶴丸がスタート地点へと着き、反対側では少女がわくわくと期待に満ちた目で鶴丸が開始するのを待っている。顕現してから数日しか経過していないが、鶴丸はすっかり少女の一番の遊び相手となっていた。少女を楽しませるためにあれやこれやと仕掛けるたびに心底驚き、心底嬉しそうに笑ってくれるため、鶴丸自身も楽しかった。さて、今回はどうやって喜んでもらおうか。ふむ、と顎に手を当てて思案したあと開始する合図として片手を上げれば、向かいで待つ少女がぶんぶんと両手を振り返してくれる。

「けん、けん、ぱっ!」

 丸の数に従って足を進めていくと、鶴丸の代わりに少女が向かい側から掛け声を放つ。正直これくらいならばもっと早く進めるのだが、少女は掛け声を言うのも楽しいらしいのでそれに合わせてゆっくりと進んでいく。と、次の一歩は例の四角の枠だ。鶴丸がちらりと少女に視線を向けると、期待した少女の視線とぶつかった。それにニカッと笑ってみせる。

「よ、っと!」
「わぁーっ、鶴すごーいっ!!」

 持ち前の身軽さと身体能力を駆使して、ひょいっと両足で地面を蹴り上げると目の前の四角の枠に片手をついて止まる。片手で逆立ちをしている鶴丸に少女は大喜びで手を叩きながら跳ねている。もはや足ではなく手をついているというルール的にはどうなのだ、という状態ではあるが少女が喜ぶことが第一なので問題ない。少女がルール。向こうでは、相変わらず少女が大喜びしている。仕込みは上々……さて、次の驚きは?

「まだまだ……ほいっと!」

 頭が付かない程度に伸ばしていた肘を曲げると、全身を支える片手にぐっと力を入れる。曲げていた肘を勢いよく伸ばすと同時に掌が地面から離れ、鶴丸の体がふわり、と浮いた。空中で体の向きを変える途中、ぽかんとこちらを見上げる少女の顔が見えて思わずしたり顔。少女の元に辿り着くまでの残りの道を空で通り抜けると、最後の枠、少女の目の前に両足をついて着地した。

「どうだ、驚いたか?」

 ふふん、と両手を腰に当てて胸を張りながら少女を見る。呆然と鶴丸を見上げていた少女の顔がみるみるうちに綻んでいくのを見て、鶴丸も笑みを浮かべずにはいられない。

「す……すごーいっ!鶴っ、鶴丸すごいっ!ぴょーんて、おそらとんだ!すごーい!!!」
「ははっ、随分と驚いてもらえたようで何よりだぜ!」

 鶴丸の周りをぐるぐると飛び跳ねながら回る少女。凄い凄いと何度も絶賛しながら着物の端を掴んで大喜びだ。こんな風に驚いて、喜んで、笑ってくれるから、鶴丸国永という刀は他の誰よりも人の身を謳歌しているのだ。そうでなくとも、ただの刀であった時には知り得なかった事が、人の身を得たことで知ることが出来た。当たり前のような出来事ですら真新しくて眩い。人の身だからこそ五感で沁みるその全てが驚きに満ちている。顕現したその日は、太陽が沈んで空の色が変わる情緒にただただ見惚れていたっけ。人の目にはこう映るのか。

「……ん?」

 驚きで鶴丸に飛び付いて少女が離れなかったので抱き上げていると、不意に頬がひんやりとした。冷たさを感じたその場所に手を当てて首を傾げていると、少女が「あっ」と声を上げて上を見上げた。

「ゆきだっ」

 少女の声につられて上を見れば、はらはらと空から白い粒が舞うように落ちてきていた。成る程、先程頬に感じた冷たいものの正体はこれの一粒目だったらしい。

「寒くなってきたとは思っていたが、遂に降ったか」
「つもるかな?つもるといいなーっ」
「そうだな、少し待ってみるか」

 雪が振った事で更に冷たくなったように思える空気を肌で感じながら縁側へと避難する。少女の頭に残った雪を払って、二人並んで雪が降る空を見上げた。次第に落ちてくる雪の量が増えていき、地面を白く染めていく。

「おっ。小梅、見てみろ」
「なぁに?」

 何かに気付いた鶴丸の声に顔を向けると、鶴丸がはーっと息を吐いた。吐き出された息は白い煙となって空気に溶けた。

「わっ、しろい!」
「これは面白いな。小梅もやってみろっ」
「うん!……はーっ」

 揃って息を吐き出しては白くなって溶けるそれに感動した。飽きずに息を吐き続けて、地面に書いた遊びの跡が雪にかき消されてしまった頃、上品な足音が二人に近付いてくる。

「あぁ、こちらにおられましたか」
「おう、君か」
「一期だーっ もうだいじょうぶ?」
「……っごほん。先程は失礼いたしました。もう大丈夫です」

 先程の醜態を思い出してか、一期は少女から目を逸らして咳払いをした。鶴丸も特に追求するつもりもなく、座って行けと隣に誘う。

「雪につられてきたか?」
「えぇ。折角なので庭から見ようと……綺麗ですな」
「鶴丸みたいに、まっしろ!」
「おおっ、確かにそうだな!」
「同化出来るのでは?」

 三人並んでシンシンと降り注ぐ雪を眺めていたが、辺りの地面が全て雪に覆われると少女が縁側からぴょん、と地面にジャンプをして離れた。そうしてもう一歩、ぴょん。背後を振り返ると、先程少女がいた場所に真っ白な足跡がついている。

「みてー!小梅のあし!」
「おや、可愛らしい足跡ですな」
「おっ、良いな。どれ、俺も……」

 一歩進んでは振り返って足跡を確かめて歩き回る少女に続いて、鶴丸も縁側から離れた。真っ白に染まった庭に、大小二人分の足跡が次々と描かれていく。

「? つるー?」
「ん、なんだ?」
「わっ…!びっくりしたー、うしろにいた!」
「本当に同化していましたな」
「ははは、驚いたか!」

 きゃっきゃと楽しげにはしゃぎながら庭を歩き回る二人を微笑ましく見守っていると、一期の側に鶯丸が何やら片手に持ちながらやってきた。

「鶯丸殿」
「あぁ、一期。褒美は貰ったか?」
「はい、しかと」
「そうか、良かったな」

 縁側に座っている一期は隣に立つ鶯丸を見上げ、次いでその手に持っているものに視線を向ける。それに気付いた鶯丸が笑いながら肩を竦めた。

「部屋の窓から雪が降っているのが見えたのでな」

 そう答えると、鶯丸は庭を歩き回っている少女の名前を呼んだ。呼ばれた少女は鶯丸を見てぱぁっと笑うと一目散に駆け寄ってくる。

「鶯丸ーっ!みて、小梅と鶴のあし、いっぱい!」
「あぁ、すごいな。積もったら兎を作るんだろう?」
「うん!鶯丸にあげるねっ」
「楽しみにしている」

 話しながら持ってきた上着を手際よく少女に着せていく鶯丸は手馴れている。少女も鶯丸にされるがままで、最後に頭に積もった雪を払ってもらったのを合図にまた庭へ飛び出して鶴丸と遊び始めた。そのまま鶯丸は去ってしまうのかと思えば、一期の隣に座った。

「一期は行かないのか。人の身を得てから雪は初めてだろう?」
「そうですね。雪もですが、季節の移り変わりを肌で感じるのも初めてですな」

 鶯丸の言葉に感慨深そうに答えた一期は、座っていた縁側から腰を上げ、一歩足を進める。片足を上げて踏み潰した雪を見ると、そこには一期の足跡が出来ていた。それを見た途端、わくわくと心が躍る感覚が沸き上がってくる。背後にいる鶯丸を振り返ると、そんな一期を見て鶯丸がふふ、と笑った。

「行ってくるといい。なかなか楽しいぞ」
「……はい、行ってまいります」

 一期は少し照れくさそうに笑ってから、少女と鶴丸の元へと走っていった。庭には三人分の足跡がそこら中に描かれていっては、降り続ける雪がそれに上書きしていく。積もった雪を手で掬って空中に撒けば、それだけで楽しそうな笑い声が響いた。明日は雪掻きだな。