ズゴゴゴゴゴゴゴ……
 少女と小夜は二人並んでテーブルから頭をひょっこりと覗かせ、目の前で音を立てて動く機械を食い入るように見ている。その目は両者輝いていて、この先の展開が楽しみで仕方ないと多弁に語っていた。その期待の視線を一身に受ける燭台切は、思わず可笑しくて笑ってしまった。音を立てていた機械から手を離すと、機械の音も止まった。すると、少女がぴょん、とジャンプをして燭台切を急かす。

「できた?」
「ん、もう少し待っててね」

 二人分の視線が燭台切の動きを目で追っているのを感じながら、取り出してきたのはコップ。ちゃんとプラスチックで出来たもので、一つはピンク色に梅の花。もう一つは青色で小夜の刀紋が入っている。そのコップに今作っていたものを注ぐと、目に見えて二人の頬が紅潮したのがわかった。綺麗なピンク色をしたそれからは甘酸っぱいフルーティーな香りがする。燭台切が使っていた機械とは、ジューサーである。何でも細かく砕いて飲み物にしてしまうそれが気になっていた彼は、先日貰った給金でそれを買ったのだ。ジュースだけでなく、設定を変えれば料理に使うみじん切りやミンチも出来るし、アイスという甘味も作れるそうだ。今作っていたのはイチゴジュースだ。更にジューサーに入れなかった苺を小さなサイコロ状に切って注いだジュースの一番上にトッピングすれば、漸く完成だ。

「はい、召し上がれ」
「わーっ……!」

 普段はそのまま食べている苺がジュースになっただけで、何だか特別な感じがしてしまう。少女が感動してそのまま飲んでしまいそうだったが、立ったままでは行儀が悪い。小夜は慌てて隅っこから椅子を二人分持ってきて少女に座るように促した。早く飲みたくてたまらない少女は素直に言うことを聞くと、早く一緒に飲もうと小夜を急かす。早く飲みたい気持ちは小夜も一緒で、急いで椅子に座ると両者は顔を見合わせたあと、同じタイミングでジュースを一口。途端、コップに口をつけたままキラキラと目を輝かせた。小夜に至っては、誉桜も舞っているような気がする。

「そんなに喜んでもらえるなんて、買ってみた甲斐があったよ」
「おいしーよ!」
「うんうん、良かったね」

 よしよし、と小さな主の頭を撫でてほっこりとしていると厨にひょっこりと顔を出した若草色の頭。

「何だか甘い匂いがするな」
「鶯丸!」

 すん、と鼻を吸って匂いを嗅ぐ仕草をしながら厨の中に入ってくると、少女がものすごい勢いで鶯丸を手招きしている。何だ何だと近付けば、更に甘い香りが漂ってくる。少女は持っていたコップを鶯丸に近付けた。

「光忠がつくってくれたよ!おいしーから、のんでっ」
「じゃあ、一口貰おうか」

 差し出されたコップを受け取って口をつけると、少女が期待に満ちた目で鶯丸をじっと見た。こくり、と一口飲み下すと途端に口一杯に広がる甘酸っぱい味。

「苺か、美味いな」
「ね!」

 初めてもらったものや美味しいものは何でも鶯丸と分けっこをする癖がある少女。同じものを鶯丸と共有して満足そうにする少女の隣で、小夜が物言いたげな視線を燭台切に向けている。ジ……と言葉なく見つめられるその意図に気付いた燭台切は小夜ににこりと笑いかけた。

「大丈夫、平野くんの分も残っているよ」
「……なら、いい」

 小夜は燭台切の言葉に安心して飲みかけだったジュースをまた飲み始めた。同じ短刀同士のためか、お互い何かと気にかけているようだ。

「そういえば鶯丸さん、どうしたの?お茶?」

 はた、と気付いた燭台切は茶葉が仕舞ってある戸棚を指差して問うが鶯丸は首を横に振って否定した。

「いや、仕事をしようと思ってな」
「おしごと?なにするの?」

 仕事、と聞いて真っ先に少女が反応した。鶯丸の様子からして出陣や遠征ではないらしい。通常任務は免除されているのだが、一体何の仕事だろうか。

「鍛刀をしようか」







 前回の鍛刀……本丸に着任してから既に二ヶ月は過ぎていた。月に一度、二回の鍛刀という任務が与えられていたが強制ではない為すっかり忘れてしまっていた。その割にはそれなりの出陣をこなしていた為、既に四人とも練度は50を超えていた。鶯丸に至っては70以上と、とっくに折り返し地点を過ぎている。このまま練度を重ねていくのもいいが、新しくくる仲間との練度差が激しくなりそうだ。それに、そろそろ四人だけの編成もきつくなってきていた。いい加減六振りでの部隊編成を地盤に入れるため、今回久しぶりの鍛刀に踏み切ったのだ。

「資材は決めたか?」
「きめた!」

 これといって呼びたい刀剣はいない。強いて言えば研修先で世話になった堀川や山姥切が来てくれればとは思うが、この本丸には居ない刀剣の方が圧倒的に多いため、戦力になるのならば誰が来ても嬉しい。巷では欲しい刀剣や刀種を呼ぶためのレシピとやらがあるそうだが、今回は小さな主の気分任せだ。
 呼ぶ刀剣は二振り。投入される資材はそれぞれAll810とAll900。なかなかに重い資材ではあるが出撃回数の代わりに鍛刀はずっと行っていなかったため資材はそれなりに溜まっている。

「大包平くるかな?」
「まあ、そのうち来るだろうさ。ゆっくり待つとしよう」
「大包平はやくー!」

 鶯丸から大包平についての話をよく聞くためか、すっかり期待値が上がってしまっている。まだ大包平は鍛刀で呼ぶことが出来ない刀剣だと知っている鶯丸は気楽にしているが、少女の方はわくわくといった様子で資材を突っ込んで鍛刀を開始した。妖精たちがバッと動き出したと同時に表示された時間に鶯丸はふむ、と顎に手を当てた。

「戦場で刀剣を見つけられない代わりに、小梅は鍛刀にツキが回っているのか」
「? 大包平きた?」
「大包平ではないが、俺の可能性もあるな」
「???」

 表示された時間は、どちらも3時間20分である。

 燭台切を鍛刀した時よりも長い待ち時間に、少女は不貞腐れた。「大包平、ながい!はやく!」と、先程違うと言ったにも関わらず少女の中では大包平で確定しているらしい。まあ確かに(実装まで)ながい、(実装)はやくとは思うが。新しい仲間に早く会いたくてたまらない様子の少女に負け、手伝い札をぽいっと投入した。表示されていた時間が一瞬にしてゼロに変わる。はてさて、自分が出たらどうしようか。誰が来ても困らないと思っていたが、自分がくる可能性は考慮していなかった。だが、その考えは杞憂だったようだ。妖精によって刀掛けに移動された二振りは鶯丸が腰に佩いている刀とは別のものだった。しかし、とても見覚えのある拵えだった。

「おっきいね?」
「あぁ、どちらも太刀だ。さ、どちらから呼ぼうか?」
「んー……しろいの!」

 そう言って、少女は一振の前に躍り出る。柄も鞘も灰がかった白色で、金色の鎖のような装飾がある。いつものように小さな掌で鞘を撫で、刀を寄り代に宿った付喪神を呼び出した。途端、目の前に舞った桜の花びらと共に視界が白色いっぱいに覆われる。白い着物に白い羽織、白い髪に、肌も白い。左手には、これまた白い太刀が握られていた。全身、真っ白だ。

「よっ。鶴丸国永だ。俺みたいのが突然来て驚いたか?」

 全身真っ白で、色彩が感じられないその青年はまるで儚さを感じる見た目をしていたが、中身はどうやらとてもフランクなようだ。ぽかん、と口を開けて見上げていると、小さな少女に気がついた鶴丸が「今生の主は君か、驚いたなぁ」と朗らかに笑う。

「……まっしろだぁ!」
「あぁ、俺は鶴だからな」

 驚きいっぱいと言った少女の反応に鶴丸は満足そうだ。

「小梅しってる!つる、とりさんでしょ?」
「そうだぜ。見たことはあるか?」
「んーん、ないっ」
「はは、そうかそうか」

 鶴丸は少女に合わせてしゃがみこむと、ぐしゃぐしゃと豪快に髪を撫でた。次いで、少女の背後に控える鶯丸に視線を向けて笑った。

「君もいたんだな。近侍か?」
「そうだ。久しいな」
「だな。っと……俺の他にもう一振来ているのか。ほいっと」

 鶴丸は呼び声を待つもう一振の存在に気付いて始まりそうだった世間話を切ると、少女の脇の下に手を入れて刀掛けに鎮座しているもう一振の前に移動させた。少女は一度鶯丸と鶴丸に振り返ってへらりと笑ったあと、同じように鞘を撫でた。朱色に金の模様が施された鞘には、紫色の珠がついた黒い紐が巻かれている。今まで見た刀の中で一番派手な拵えをしていた。祝詞のあと、舞う桜と共に現れたのは藍色の軍服のような装いに、右肩のみを覆う外套。右肩から左胸までを覆う胸当ては鞘と同じ朱色をしていて、全体的に金色の装飾がよく使われいる。拵えと同じように派手な装いをしているが、何より目に付いたのは一際目立つ鮮やかな浅葱色の髪だった。そして、蜂蜜色の瞳はとても優しく、穏やかな表情で少女を見下ろしていた。

「私は、一期一振。粟田口吉光の手による唯一の太刀。藤四郎は私の弟達ですな」

 顕現時の名乗りを終えると、一期一振は直ぐに少女の前に膝をついた。白い手袋を外すと「失礼します、御髪が……」と一言断りを告げ、先程鶴丸によって乱された髪を整えていく。

「おそらのいろ!」
「空……?あぁ、この髪のことですか。この色はお好きですか?」
「うん!でもね、おひさまがでてるときしか、みれないよ」
「お日様も夜は眠っておられるのでしょうな」
「そうだねっ」

 流石たくさんの弟を抱えているだけあって下の子の扱いには手馴れているようだ。

「小梅、平野を呼んできてやったらどうだ」
「平野?なんで?」

 一通りの簡単な挨拶が済んだところで鶯丸が口を挟んだ。突然出てきた平野の名前に少女はきょとんとした表情を浮かべる。が、反応をしたのは少女だけではなかった。

「平野がいるのですか」
「初めての鍛刀でな」

 一期一振は嬉しそうな声色で鶯丸に聞いた。わかりやすい反応に鶯丸はふっと口元を緩めて笑う。

「成る程。主殿、平野藤四郎は私の弟になります」
「平野のおにーちゃんだったの?!」

 平野から兄弟の話はよく聞いていた。他本丸で会ったこともある。だが兄弟は全て“藤四郎”という名前であると思っていた少女は一期一振の言葉に心底驚いた。そういえば太刀の兄がいると言っていたような気もするが、如何せん詳細は覚えていない。わかっているのは藤四郎という名前の兄弟がたくさんいるということだけだ。
 何はともあれ、平野の兄が来た。これは急いで知らせなければと、少女は鍛刀部屋を飛び出していった。

「急かしてしまったようで、申し訳ない……」
「実際、会いたいだろう?」
「それは勿論」
「いやぁ、しかし驚いたな。今度は小さな姫君が主か」

 主を使いっぱしりにしてしまったようで一期一振は申し訳なさそうに眉を下げた。しかし弟に会える嬉しさも募る。対して鶴丸は、純粋に新たな主について驚いていた。ただの刀であった頃に色んな主を転々としてきたが、まさか幼子を主にする時が来ようとは。目覚めてから早々の驚きに思わず期待で口角が上がる。

「それにしても、馴染みのある面子が揃ったなぁ」
「そうですな。平野が来たら一層馴染みが増す気がします」
「俺もまさか二人が同時に来るとは思わなかったぞ」

 勝手知ったる間柄と、顕現したばかりとは思えないほどに会話を弾ませていると、慌ただしい足音が二つ近付いてきた。誰か、と予想を付けずともその正体は先程平野を呼びに行った少女と、その少女に連れてこられた平野であろう。現に、平野を急かす少女の声とそれを宥める平野の声がする。近付く弟の声に一期一振の頬が緩んだ。

「ほらっ、ほら!ね、おにーちゃん?」
「わ……本当にいち兄だ。鶴丸様も!」

 小夜と二人、燭台切に作ってもらった苺ジュースを飲んでいたら興奮状態の主がやってきた。「平野!おにーちゃん!そら!きたよ、きて!」と、全くわけがわからないまま腕を引かれてきた。鍛刀をすると話は聞いていたため、恐らく平野の兄弟……藤四郎の誰かが来たのかと予想していたのだが、まさか長兄が来るとは。しかも隣にいるのは鶴丸国永ではないか。つまり、新たな仲間はこの二振だということ。

「主君は鍛刀能力が高いのですね」
「そうなの?」
「いち兄も鶴丸様も、稀少刀剣と呼ばれる入手困難な刀剣なんですよ」

 平野は少女に向けて尊敬の眼差しを向ける。低確率の偶然が奇跡として起こったのかもしれないが、僕の主君凄いと思わざるを得ない出来事である。どうやら平野に褒められているようだが、少女はそれよりも気になることがあった。

「いちにー?」

 何の事だ、と首を傾げる。思い当たるのは数字だけで、両手を使って1と2を作ってみせる。これを足せばいいのだろうか、と数字を作った指を眺めていると横からくすりと柔らかく笑う声が聞こえた。

「それは私のことですな。一期一振から取って、“いち兄”です」
「いちにー!」
「んん゛っ……はい、いち兄です」

 どうやら数字ではなく、一期一振を指す愛称だったようだ。元気いっぱいに自分を呼ぶ小さな主を見て一期一振は思った。あるじどのとうとい。







「今日はご馳走だよ!」

 今行われているのは、鶴丸と一期の歓迎会とやらである。稀少刀剣の顕現報告に少女に期待する政府はたいそう喜んで、何かお祝いをと言うのでここぞとばかりに普段食べられない料理を頼んだ。デザートのケーキもある。しかも1ホールだ。

「はい、今日のメインだよ」
「わー……おっきい!」

 目の前に置かれたのは大きな魚。少女の顔よりも大きな皿にどすんと身を横たわらせているそれは、燭台切がここぞとばかりに頼んだ高級魚である。

「これ、なぁに?」
「シロアマダイってお魚だよ」
「……燭台切」
「お金は政府持ちだからね。かっこよく祝いたいよね!」

 お祝いと聞いて燭台切が目を光らせていた気がしたが、まさか高いものを吹っかけて頼んでいるとは思わず、鶯丸は呆れたように名前を呼んだ。しかし燭台切は何処吹く風である。仕方がない、鶯丸自身もどんなものかは気になるし政府が許可したのなら別にいいだろう。何より少女が喜んでいるようだし、それでいいか。

「お刺身もあるよ、こっちはクエ」
「おさかないっぱいだ〜」
「大丈夫、お肉もあるからね!米沢牛のステーキだよ」
「おいおい光忠……どれだけ頼んだんだ?」
「我々の歓迎の宴とは言っても、流石に食べきれないのでは……」

 燭台切と平野、小夜が次々と料理を運んでいたがいつの間にか隙間が見つからないほどの料理がテーブルに置かれていた。顕現してから初めての食事になる鶴丸と一期は目の前に広がる料理の数々に少々押され気味である。確かに宴らしいといえばらしいが、この場にいるのは七人。うち二人は短刀故に小さな体をしているし、主に至っては正真正銘幼い子供である。胃袋には限界があるだろう。食べきれるのだろうかと不安になっていると、鶯丸があぁ、と声を漏らした。

「心配するな、燭台切がいるからな」

 この本丸の燭台切。料理の勉強をしている中で、料理を作るよりも食べるほうが好きだと感じたようで気付いたら大食漢となっていた。楽しいから作るというよりも、食べたいから作るらしい。更に言えば相変わらず、食べるよりも戦場に出る方が好きなようだ。
 さぁ、目の前にずらりと並んだ豪華な食事の数々。少女の本丸にやってきた新しい仲間。宴の準備は万端である。いつも通り、元気ないただきますの音頭で食事が始まったわけだが、あるものを見て少女が待ったをかけた。切羽詰まったその声に一同はぴたりと動きを止めた。

「だめだよ!」
「何がだい?何か食べられないものでもあったかな」

 基本的に好き嫌いがあまりない少女。食べたことのないものでも、鶯丸たちが美味しそうに食べているのを見るとそれに倣おうとする。だからこそ、大々的に駄目だと声をあげた少女に燭台切は不思議そうに首を傾げた。少女は鶴丸の方を見ている。正確には、鶴丸の前に置かれた魚料理に。

「鶴丸に、おさかなあげたらかわいそう!」
「ん?食えなくはないと思うぜ」

 自分は魚が嫌いなように見えるのだろうか、と今度は鶴丸が首を傾げる番だった。そんな鶴丸に対して、少女は心配そうな眼差しを向けている。

「だって、小梅しってるもん!つるはおさかなによわいんだよっ」
「何の話だ?」

 遂には鶴丸以外も混乱し始めた。この小さな主は一体何を持って鶴丸を心配しているのだろうか。そんな混乱の中、突然吹き出して笑い始めたものがいた。鶯丸である。

「え、鶯丸さん?」
「どうされたのですか?」

 主がよくわからないことを言い始めた上に一番の頼みの綱である鶯丸までもわけがわからない状態になっては困る、と燭台切と平野は鶯丸を見た。

「いやっ……俺たちの主は勤勉だな?」
「は?」

 笑いは浅かったようで直ぐに引っ込んだ。

「鶴翼は魚鱗に不利だからなぁ」
「は……はーっ、そういう意味か!」

 合点がいった、と鶴丸は自分の膝をパシンと叩いた。いやしかし、突然何を言い出すと思えば、まさかの陣形の話である。こりゃ驚いた。まぁ理由がわかったなら、やることは一つ。少女の視線を一身に浴びながら、鶴丸は次々に料理に手を出して食べ始める。目の前にあった魚料理が鶴丸の胃袋に放り込まれるのを見て、少女はパチパチと瞬きをした。

「どうだ、魚に勝ったぞ?」
「……だいじょうぶ?」
「あぁ、とても美味いな」

 当然何か身に起こるわけでもないので、鶴丸はニカッと笑ってみせた。瞬間、少女もつられて嬉しそうに破顔した。

「鶴丸は、つよいつるなのね!」
「あぁ、君のために勝利を贈ろう」

 漸く場が収まったところで、鶴丸以外のものも安心して食事を再開した。

 食べきれるか不安だった料理はあっという間になくなっていった。初めての食事に鶴丸と一期一振の箸が進んだのもあるが、何より殆どは燭台切の胃に収まってしまった。恐るべきブラックホールである。食事のあとはお待ちかねのデザートだ。ふわふわなスポンジに滑らかなホイップクリーム、大きく艶やかな甘酸っぱい苺。人数分に切り分けられたケーキに、甘味を初めて食べる二振はその美味しさに身を震わした。こんなに美味しいものを食べられるだなんて人の身とはなんて贅沢なのだろうか。一期一振が(この甘味はショートケーキ……)と名前を頭の中にインプットしていると、自分の皿に艶やかな赤色が増えた。その先に視線を向けると、少女が満足そうな笑みを向けている。

「召し上がらないのですか?」
「いちごだからね、あげる!」

 まさか、こんなに美味しいものが食べられないのだろうかと聞いてみればそうではないようだ。

「一期一振の“いちご”は果物じゃないぞ」
「ちがうの?」
「一生涯、という意味ですな」

 “いちご”の変換が違っている少女に鶯丸が訂正を入れる。本人も意味の違いを教えてみるも、少女はよくわからないといった表情だ。苺じゃなくてもあげる意思は揺るがないようで、食べて食べてと急かしてくる。クリームが僅かについた苺を口の中に入れるとクリームの甘味が真っ先に舌に伝わる。次いでその赤い果実を噛み砕けば甘酸っぱい旨さが口一杯に広がった。

「おいし?」

 自分のあげた苺を見届けて、少女は期待するように一期一振を見た。

「えぇ、とても」
「えへへ。小梅もね、いちごすきーっ」

 主殿がくれたからですね、と言えば少女は心底嬉しそうに笑う。“苺”と“一期”を混同させたままはしゃぐ小さな主を見て一期一振は思った。あるじどのとうとい。