少女はわくわくとした気持ちを抑えきれずに頬を紅潮させながら鳥居を眺めていた。出陣していた鶯丸たちから
先程帰還の連絡が入った。そして帰還報告だけでなく、少女をこうして楽しみにさせていることは。

 ぐらり、と鳥居の中心が歪み最初に現れたのは部隊長の鶯丸。続けて副隊長の燭台切、特攻隊長の平野。少女はぴょんぴょんと体を跳ね上がらせながら鶯丸に飛びついた。

「おかえり!ねぇ、鶯丸、ねぇっ、さっきの!」
「ただいま。わかったから少し落ち着け」
「主、嬉しそうだね〜」
「今回初めてですからね。僕もほっとしています」

 行軍の途中で見つけた資材を詰め込んだ麻袋をすとん、と地面に下ろしながら燭台切は微笑ましそうに笑った。鶯丸は自分に飛びついて跳ねる少女を落ち着かせると、少女が楽しみに待っていたであろうそれを見せる。鶯丸が見せたのは一振りの刀剣。勿論それは鶯丸の本体ではない。鶯丸が見せたのは短刀だった。勿論、平野の本体でもない。

 つまり、新しい仲間。先程の帰還とは別の報告とは、戦場で新たな仲間を発見したという報告だった。

「わぁー……もっていい?!」
「それは良いが、抜くなよ」
「ん!」

 少女は両手でその短刀を受け取る。小さな刀でも感じるずしりとした鉄の重み。平野と違って柄もシンプルな黒色をしているが、鮮やかな金色の鍔が目立つ。

「どんなこかなぁ」
「それは呼んでみないとだな」
「うん! あ。平野しってる?」
「そうですね……藤四郎の兄弟ではないことはわかりますよ」
「そっかぁ。だれだろね!」
「ふふ、楽しみだね小梅ちゃん」
「うんっ!」

 平野から藤四郎の兄弟は多いとは聞いていたのでもしかしたらと聞いてみたが、どうやら違うらしい。だが、藤四郎の兄弟ではなくとも、楽しみであることには変わりない。早速宿っている付喪神を呼び起こす為、鶯丸と共に鍛刀部屋へと向かっていく。







 燭台切はいつも以上に張り切った様子で食事の支度をしていた。そばで燭台切の指示を聞きながらきびきびと手伝うのは平野である。

 少女が風邪で寝込んで以来、ますます食事に気を使うようになった燭台切は驚くスピードで料理のスキルを上げている。相変わらず三度の飯より戦場に出たいという好戦的な思いは抱いているが、それ程口には出さなくなった。その代わり、少女から端末を借りて画面を食い入るように睨むことが増えた。料理の腕前もそうだが、人間である主の健康を食事で保つためには知識が足りなかった。人間の体にはどんなものが必要なのか、それを頭に叩き込んでいたのだ。

 それに加えて、本日の食事のメニューはいつもより豪華であった。所謂“歓迎会”というやつだ。

「僕たち、これまで函館から安土を何度も往復してきたけど、仲間を見つけてきたのは今回が初めてだったね」
「そうですね。通常任務が免除されているとは言え、結構な出陣をしているはずですが、比較的見つけやすいと言われる短刀一振りすら見かけませんでした」
「おかげで三人の少数精鋭が様になっちゃったよね。平野くんが遠戦で硬い装備を剥がして真っ先に厄介な敵を沈めてくれるから本当助かっていたよ」
「太刀のお二人は遠戦可能な兵を装備出来ませんからね」
「まぁ、その分力業なら任せてよ」

 口と同時に動く手は全く鈍らず、手伝いに慣れている平野も同様だ。

「来てくれた子は短刀だし、平野くんと一緒に特攻隊を努めてもらおうかな」
「お任せ下さい。ですが、暫くは練度上げでしょうか?」
「そうなるね。早い段階で特まで鍛え上げようと思っているよ」
「……まだ練度初期の短刀なのですから、無理は禁物ですよ」
「わかってるよ。また鶯丸さんに怒られちゃったらカッコ悪いしね」

 この本丸が出来てからほぼ一ヶ月。その間、戦場に出陣した数は50を超えていた。政府から与えられていた任務は月一の10回戦闘。強制ではないにしろ、ゆうに五倍以上の戦績を収めていた。鶯丸は勿論、平野と燭台切も特を迎えて能力の開放を終え、着実に練度を上げている。だが順調に出陣を続けている代わり、今の今まで戦場で刀剣を発見したことはなかった。その事についてあまり不思議に思ったことはなかったし、何より今回発見に至るまでは気にも留めていなかった。今日初めて戦場で発見してやっと思ったのだ。「あ、初めて見つけた」と。

 鶯丸の指示で安土以上の戦場へはまだ飛んでいないが、それでも三人だけでも上手く立ち回ってきた。関ヶ原からは敵も遠戦を仕掛けてきて苦労はしたが、今では安土で軽傷を負う程度で済んでいる。因みに三人の中で一番誉れが多いのは平野だ。遠戦で敵の刀装を剥がし、後に残しては面倒な大太刀を真っ先に沈めてくれる。加えて今まで一度も刀装を剥がしたことがないのだ。主君から直々に受け取った、主君が唯一成功させた刀装。それを大事にするという誓いをずっと守っている。倒しきれなかった槍の攻撃を受けて怪我を負ったことはあるが、三人の中で唯一、刀装を剥がさない。

「うん……いい味付けかな」
「こちらの仕込みは終わりました」
「オーケー。じゃあ、次はこっちを……」
「良いか?茶を貰いたいんだが」
「あ、鶯丸さん」
「ご用意致しますね、少々お待ちください」

 厨の暖簾を潜って現れたのは鶯丸だ。少女と共に新しい仲間の案内をしていたと思ったが、どうしたのだろうか。平野が用意した茶を飲みながら鶯丸は晴れやかな表情を浮かべて燭台切を呼んだ。

「刀装作りが得意な刀剣が来てくれたぞ、これで今後は安泰だな」
「本当かい?器用な子なんだねぇ」
「あぁ、見てみろ」

 そう言って置いた湯呑の横にころりと転がしたのは3つの刀装。どれも特上の軽騎兵である。それを見て燭台切は勿論、平野も驚いて目を見開き思わず手を止めた。

「三つも特上を出してくれたの?凄いなぁ」
「一日に一つ出たら良い方でしたからね」

 全員刀装作りは一通りしている。鶯丸は失敗しない上に狙い通りの刀装を必ず出すことは出来るが、特上が出ない。平野は狙ったものは出せないが十回に一回は特上を出すことが出来る。だがその代わり、特上以外は失敗に終わる。特上か失敗かの二択という極端な状態だ。三人の中で唯一安定した刀装作りが出来ていたのは燭台切で、並から特上まで一通り揃えることが出来る。失敗の確率も低く、狙い通り確実にとまでは行かないが、それなりの数を拵えてきた。しかし、新しく仲間になった刀剣はそれ以上だという。

「驚いたことに、どれも一発で出してくれたものだ」
「えっ」
「ほ、本当ですか?」
「しかも、狙い通りのものをな」
「職人と呼ぶしかないねそれ」
「最早刀装の神様なのでは?」
「いや刀剣の付喪神のはずだが…?」

 新しく仲間になった刀剣は、狙い通りの刀装を必ず特上で出してくれるらしい。凄いなんてものじゃない腕前である。







 さて、その刀装職人様は今、まだ少女と共に刀装作りを行っていた。

「……これでいいの?」
「わぁ、すごい!またぴかぴかのだ!小夜、すごいね!」
「別に、すごくなんて……」

 刀装職人様改め小夜左文字は、自分が刀装を拵えるたびに飽きずに喜ぶ小さな主に困惑していた。既に自分たちの周りには特上の刀装がごろごろと転がっている。こんなに拵えて一体どうするというのか。でも、手放しに喜んで花が咲いたような笑顔を向けられるのは不思議と嫌ではなかった。きっと、自分とは正反対の存在なんだろうと思う。自分に似合うのは日の当たらない影で、小さな主には温かな日差しの当たる明るい場所が似合うんだ。全く別のもので相容れないはずなのだろうけど、影は光があるからこそ存在できることも知っている。
 きっと、そういうこと。
 小さな主を見て、かつての様々な記憶が沸き上がってくるような感覚がした。けれど今は、自分で戦う術があるから。影らしく、陽の光を守るのも悪くないのだろう。光が翳ったときは、影である自分が復讐をすればいいのだから。

「そろそろやめた方がいいと思うよ。資材がなくなったらどうするの」
「あぅ……光忠におこられちゃうかな?」
「それは知らないけど……でも、そのときは僕も一緒に怒られてあげる」
「へへ……」

 たくさんの光に囲まれながら、少女は嬉しそうにはにかんだ。それを見ていた小夜も思わず口元が緩んだ。







 いつもより豪華な食卓に、少女はきらきらと目を輝かせた。次いで満足げに見下ろしていた燭台切を見上げ、満面の笑みを浮かべる。

「すごいっ!光忠すごいね!いっぱいだねっ」
「ふふ、今日は小夜くんの歓迎会だからね。腕によりをかけたつもりだよ」
「小梅様の好きな海老フライもありますよ」
「わーいっ!」
「はい、じゃあお行儀よく座ってね」
「うんっ」

 わくわくと目の前の料理を眺め、平野とは反対側に小梅を挟んで座っている小夜に目を向ける。小夜にとっては初めての食事である。その表情には困惑と、少しの緊張が覗える。

「光忠のごはん、おいしいんだよ!いっぱいたべよ?」
「え、と……」

 居心地悪そうに視線を泳がせていると、己と対角線上にいる鶯丸と目があった。鶯丸はやんわりと目を細めて笑うと、いつもと変わりない口調で言った。

「まぁ、細かいことは気にするな。習うより慣れろ、だ」

 そう言って手を合わせると、小夜以外の三人が続く。小夜も、見よう見まねでぎこちなく真似してみた。いただきます、と四人の声が揃う中で、少しずれた小夜の声も続く。周りが食事を食べ始めたので、取り敢えず自分も目の前にある煮物を軽く摘んでみた。

「……美味しい」
「でしょっ?!」

 小さな呟きを拾った少女が嬉しそうに小夜を振り返った。味と共にじわりと広がる暖かさ。何度か料理を摘んでいるうちに緊張も解れたのか、隣で少女が話しかけてくる言葉に受け答えする余裕も出てきた。

「ねぇ、小夜はなにがすき?」
「なにって……例えば?」
「うーんとね…小梅はね、おはなのかみかざりがすきだよ!これっ」

 少女が指差してみせたのは髪に留められた花模様の髪飾り。桃色の五枚の花弁が一つ、少女の髪を彩っている。

「……柿」
「かき?かき?」

 小夜の言葉を反復して、答えを聞くように燭台切に顔を向けた。

「果物の柿のことかな?」
「小梅も知っているだろう、橙色をしている果物だ」
「あ、小梅しってる!」

 少女の隣では、平野が少女の煮物の魚の骨をせっせと取って解している。

「かきある?」
「うーん…柿の木かぁ」
「柿の木はありませんね。植えましょうか」
「ほんと?!よかったね、小夜!」
「え、うん?」
「干し柿も茶に合うなぁ」







 あれよあれよと話が進み、一同は柿の木の苗を携えて庭に集まっていた。一人一つの苗を持っている。

「別に植えなくてもいいのに……」
「これも小梅様の経験になりますから」
「そうそう、良かったら付き合ってあげてよ」

「いれてい?」
「いいぞ。入れたら優しく土を被せてやるんだ」
「うんっ」

 一足早く少女は鶯丸に掘ってもらった穴に苗を植えていく。そして少し距離をあけた隣にスコップを持ってしゃがみこみ、小夜を手招きした。

「小夜はとなりね!」

 こくりと頷いて近付くと、先程の鶯丸を習って今度は少女が小夜の為に穴を掘っていく。更に離れた場所では平野と燭台切も自分の分の苗を植えていた。穴をいくらか掘ってから鶯丸を見上げると、大丈夫だと頷いたので小夜へ振り返る。

「いいよ!」
「わかった」

 小夜も自分の分の苗を植え終わると、少女は並んだ柿の木の苗を眺めて嬉しそうに笑った。土のついた手のまま頬を擦ったのか、少し汚れている。小夜は少し迷った末、自分の袈裟でその汚れを拭った。少女は一瞬きょとんとしたあと、頬を染めてありがとうと笑う。

 水を溜めた如雨露を持ってきた平野が苗に水をかけ、残った水で皆の汚れた手を洗い流してくれた。新しく育てる命に、少女は嬉しさが止まらない。たった今植えたばかりだと言うのに、まだかななどと呟くので鶯丸に笑われた。

「小梅は気が早いなぁ」
「うー…だって……」
「まあまあ。本丸内で育つ植物は成長が早いですから、大丈夫ですよ」
「ん……あっ!」
「……なに?」

 鶯丸に笑われて拗ねた少女を平野が宥めていると、不意に少女が思い出したように声を上げた。次の瞬間には何かを閃いたように目を輝かせて小夜の手を握っていた。あまりにも速い動きで、小夜は思わずびくりと肩を揺らしてしまった。

「小梅、はやくそだてるの、しってるよ!」

 一緒にやろう!と小夜を引っ張る。しかし小夜はそんな方法など知らない。小夜だけでなく。鶯丸たちも同様で首を傾げて少女を見ていた。

 植えたばかりの苗の前で並ぶと、少女はしゃがみこんで顔の前で手を合わせる。先程食事の時に見た“いただきます”の合図を同じだな、と思いながら小夜がそれを見ていると、突然合わせた手を上に突き出すようにしながら少女が飛び上がった。

「えっ……え、なに?」

 手を合わせた状態で、しゃがんでは飛び上がり、しゃがんでは飛び上がりと繰り返している。その意図が全く掴めず、小夜は目を点にして少女を見つめている。これが、“早く育てる方法”だとでも言うのだろうか…?

「いやぁ、面白い動きをしているな、小梅」
「これで、おおきくなるんだよっ!」
「そういえば何かで見たな」
「え、鶯丸さんも…?」
「本当にあの動きで、ですか?」
「さてなぁ」

 少女の不可解な動きに動じていないのは唯一鶯丸だけで、のんびりと少女の様子を眺めて笑っていた。流石の平野と燭台切も追いつけないらしい。小夜は笑ってないでどうにかしてくれと思ったが、自分は隣で上下運動を繰り返す少女を眺めるしか出来ない。

「……それで本当に育つの?」
「ほんとだよっ」

 小夜の疑いの眼差しなど一向に気にする様子もなく、少女はしゃがんだり飛び上がったりを繰り返している。一体何の意味があるのか、小夜は目の前にある苗を見つめた。その時。

「んんんん〜……はいっ!」

 少女が一際力を込めて伸びをした瞬間、その動きに合わせてポンッと葉が一枚増えたのだ。それを目の当たりにした小夜は信じられないものを見たように目を見開いた。しかし少女は気付かなかったらしく、相変わらず上下運動を繰り返している。

「えっ……ねぇ、今っ」
「んん〜…ん?なぁに?」

 小夜の慌てたような言葉に少女は動きを止めてきょとんとした。少女と苗を交互に見ていると、不意に少女が小夜の手を掴んだ。

「小夜も、いっしょにやろ!」
「……わかった」

 あながち、この方法は間違っていないのかもしれない。というか、自分は葉が増える瞬間を見てしまった。本丸内の特殊な空気故か、少女の持つ力のせいかわからないが、この方法を信じてみようと思った。



「……和むなぁ」
「和むねぇ」
「和みますねぇ」

 少女と小夜が並んで上下運動を只管続ける後ろ姿を眺めながら、鶯丸と平野と燭台切はいつの間にか持ち出した茶を飲んでほっこりしていた。