少女は自室の畳の上に寝転がり、何をするでもなくぼんやりと天井を見ていた。

 先程まで、平野と鶯丸と一緒にいた。平野と一緒に畑を見に行き、水遣りの手伝いをしているところで鶯丸が縁側に現れ茶に誘われた。何かお話でもしてくれるのかと思えば、本当にただ単にお茶を飲んでいただけで、のんびりと庭を眺めていた。隣で足をぷらぷらと遊ばせながら同じように庭を眺めて茶を飲んでいたが、少女は早々に飽きてしまい、こうして自室に戻ってきていた。まぁ、こうして鶯丸が何もしない事は初めてではない為、少女は自分で遊びを探すことにしたわけだ。

 自室に戻ったは良いが、何かをしようとする前になんとなく畳の上に吸い込まれるように横になってみた。見上げてみたら、障子の上の方に何か模様があるのに気付いた。じっと天井を見てみれば、そこにも模様がある。何の絵かはさっぱりわからないが。天井を一頻り眺めた後、二度、三度と体を転がす。ごろごろと体を回転させてうつ伏せになると、両手足を伸ばしてばたばたと遊ばせる。傍から見たら駄々をこねているような図だ。

「こらっ!お行儀が悪いよ」

 突然聞こえた声に、少女はびくりと体を強ばらせて顔を上げた。視線を向けた先には腰に手を当ててこちらを見る燭台切の姿。

「光忠だー」

 行儀が悪いと怒られたわけだが、少女はへらりと笑いながら体を起こして燭台切に近付いた。

「せっかくの可愛い服に皺が出来ちゃうとみっともないからね」
「うん」

 膝をついて少女の服をパッパッと払って整える。そうして辺りを見渡してから少女に視線を合わせた。

「平野くんと一緒じゃなかったのかい?」
「平野はね、おみずやってるよ。鶯丸はね、おちゃのんでるの」

 つまり、やることがなくて暇を持て余してたということ。

 この本丸はまだ人数が少ない。よって仕事は三人が常にローテーションを組んでいるし、大体何かと作業がある。平野は主の懐刀であり、身の回りの世話を担っているが状況を見極めた上で主の傍に居たり離れたりとマチマチだ。更には何事も卒なくこなす働き者の為、動き回っていることが多い。燭台切は出陣関係の仕事を任されており、次の戦場の状況確認などの確認をしている。そして現在三人の中で一番特上刀装と上刀装を高確率で拵えてくれるため、刀装作りの仕事も担っている。加えて料理の勉強だ。

 鶯丸はお察しである。
 仕事を全くしていないわけではないが、必要以上の働きはせず最低限のことだけこなしているので、大体縁側でお茶を飲んでいる。しかし主である少女を一番に理解し、現在二名を率いる部隊長である為指示するところはしてはいるが。他の本丸とは違い殆どの任務が免除されている為仕方がない。

 これだけだと少女が放って置かれているように聞こえるが、これは前々から割とあったことだ。少女は鶯丸にべったりではあるが、常にくっついていたいわけではない。自分がやりたいことをやって、それに夢中になって鶯丸を放って置いているのは寧ろ少女の方だ。ただ不意に鶯丸のことをはたと思い出し、呼びかける。そして鶯丸はその呼びかけに応えるしタイミングを見極めている為、常に一緒にいるように感じるのだ。鶯丸は、ただ少女に好きなようにさせているだけだった。

 今回も話があるのかと期待はしたが、遊んで欲しいと思ったわけではない為、鶯丸は放っておいただけ。遊びを見つけるのは子供の方が上手い。自分から何かを見つけ、何かをするのは大事なことだ。

 まぁそれでも暇なことには変わりない。察した燭台切が少女に提案した。

「じゃあ僕の手伝いをしてくれるかい?」
「おてつだい?なにするの?」
「今日は僕がご飯を作るからね、そのお手伝いだよ」

 燭台切のご飯と聞いて少女の目が輝いた。その反応を肯定とみなし、少女の手を引いて厨へと向かう。

「ごはんなに?」
「南瓜の煮物を作ってみるよ。南瓜は好きかい?」
「すきー!」
「うん、好き嫌いが少なくて良いね」

 実際、少女は野菜の好き嫌いが少なかった。子供の好き嫌いでよく名前の上がるピーマンや人参も、調理して味付けしてしまえば食べられるらしい。

「小梅あれがいい!とろーっとしてるの」
「とろー?うーん……あ。あんかけのことかな?」

 厨に着くと、壁に引っ掛けてある大小のエプロンを手に取る。一つは燭台切、そしてもう一つは時々こうしてお手伝いをしてくれる少女のもの。燭台切のエプロンはシンプルなワインレッド。少女のものは胸元に兎の絵があるピンクのエプロンだ。燭台切によってエプロンを着せられると、木製の小さな足場を持って水場へと向かう。二人で揃って手を綺麗にしたところで食事の仕込み開始だ。

「じゃあ煮込み南瓜のあんかけのせね。食感に絹さやを入れたいから、小梅ちゃんにはそれをお願いしようかな」
「うん、どうやるの?」
「ここの頭の部分を折って、お豆がある方にスーッと引いていくと……ほら、出来た」
「わかった!」

 少女が隣でちまちまと作業を進める中、燭台切は手際よく仕込みをしていく。勉強中の身でありながら、包丁さばきはお手の物だ。前の主の影響もあって、元々センスがあるのだろう。だからこそ、各本丸でも厨の主として燭台切の名が挙がるのだ。

 燭台切が南瓜を煮込み始めた頃に、漸く少女の作業が終わった。次のお仕事として渡したのはレタス。それをちぎって四枚のお皿に分けていく。これはお手伝いする度に毎回少女が任される仕事の一つ、サラダの盛り付けだ。流石に火を扱ったり包丁を持たせるわけにはいかないので任せる仕事は配慮している。サラダの盛り付けが終わると、今度は煮物を入れるお皿をせっせと運ぶ。使用している食器は全てプラスチック製を使用している為、割れる心配はない。最初の頃は燭台切の拘りでかっこいい硝子の食器を用意していたが、少女が手伝うようになってから全て取り替えた。

 全ての料理の盛り付けが終わり、燭台切が洗った調理具を少女が洗い流すというリレーを行っているところで平野が厨に顔を出した。

「やはりこちらでしたか」
「あ、平野!」
「畑仕事お疲れ様、平野くん」
「兵糧の管理は大事ですから。何かお手伝いすることはありますか?」
「調理はもう終わったんだ。あとは運ぶだけだから、広間の準備をお願いしていいかい?」
「わかりました」
「小梅もいくー!」
「はい、一緒にやりましょうね」

 泡だらけになった手を濯ぎ、脱いだエプロンを燭台切に預けて少女は平野と厨を後にした。そのすぐ後、入れ違うように湯呑を片付けに鶯丸がやってくる。

「食欲をそそる匂いがするな。今日は燭台切か」
「うん、あとは広間に運ぶだけだよ」
「俺も手を貸そう」

 大きめのトレイに料理を乗せ、二人手分けして広間へと食事を運ぶと既に机には箸が並び、座布団が4つ敷かれていた。鶯丸が持ってきた茶器を平野が受け取り、三人分の茶を淹れる。少女には冷たい麦茶だ。平野が淹れたお茶を少女が運び、鶯丸と燭台切が運んできた料理を並べたところで漸く食事が始まる。少女の隣には平野が座り、平野の正面には鶯丸、鶯丸の隣に燭台切が座るのが食事の並びだ。

「では、恵みに感謝して頂くとしよう」
「いただきますっ!」

 鶯丸の声に反応して少女が元気いっぱいに頂きますを唱えると、それに平野と燭台切が続く。

「これは美味しいですね」
「本当かい?良かった、上手く出来たみたいだね」
「燭台切はめきめきと腕を上げていくな」
「皆の口に入るものだからね、気合は入っているよ」
「おいしー!」
「小梅ちゃんがお手伝いしてくれたおかげかな?」
「へへっ」

 いつも通りの賑やかな食卓。皆が口にする食べた感想を聞き漏らさぬように耳を傾ける燭台切、そんな燭台切に少女はこういう味付けが好きだと教えるのは鶯丸、時々少女に視線を向けては口周りについた汚れを拭ってやる平野。人数は少ないが、それ故に各々が近く、温かい空間が出来上がっている。何だか懐かしいような感覚が湧き上がっているが、少女はそれに気付くこともなく楽しげに笑っていた。

 食事のあとは平野の淹れた温かいお茶で団欒するのが習慣となっていた。燭台切は食事の間に聞いた感想や意見などをメモに書き留めている。少女は向かいでそれを眺めながらお茶が少し冷めるのを待っていると、気付いた燭台切がフーフーと息を吹きかけて飲めるくらいに冷ましてやった。喜ぶ少女の隣で平野は向かいにいる鶯丸をじっと見つめる。その視線に気付きながらも鶯丸は静かにお茶を啜っていた。

「……いかがでしょうか?」

 そう問いかける平野は恐る恐るといった感じだ。じっくり嗜んだ鶯丸は湯呑に伏せていた視線を上げて平野を見る。

「前より香りが良くなったな」
「! あ、ありがとうございます!」

 鶯丸の言葉にパァッと顔色を明るくした平野はガバリと頭を下げた。そうして漸く自身も茶を飲み始める。一口飲んでホッと息をついて、その視線を鶯丸へと向けた。

「でも、やっぱり鶯丸様が淹れたお茶には敵いませんね……」
「お褒めに預かり光栄だ」

 平野の称賛にフッと口元を緩める。

「確かに鶯丸さんが淹れるお茶は特別美味しかったよね」

 粗方メモを取り終えた燭台切がお茶を飲みながら口を挟んだ。少女は燭台切のメモからちぎった紙で何やらお絵描きをしている。

 平野と燭台切が絶賛する通り、鶯丸の淹れる茶は絶品の一言に尽きた。しかし鶯丸が全員に茶を振舞ったのは初日の、まだ厨の管理が安定してない時だけでそれ以降は少女にしか振舞っていない。顕現したての二人でも鶯丸の淹れた茶がどれだけ旨いのかわかった。いつも用意しているだけあって平野も手馴れている、料理の全てを任されているだけあって燭台切も淹れることは出来る。しかし茶だけは鶯丸には敵わなかった。今のところ急須で淹れたお茶を嗜んでいるところしか見たことはないが、恐らく抹茶を点てるのも上手い。以前、少女が鶯丸のだけは飲めると言っていたのを聞いたことがある。

「確実に腕は上がっている。その成長を嗜みながら実感するのは楽しみの一つだ」
「はい、精進しますっ」
「結局、鶯丸さんが淹れた花茶を飲めたのは主だけだったなぁ」
「おはなおいしかったよ!」

 鶯丸が褒められているのを感じて、少女は心底嬉しそうに笑っている。自分のことのように喜ぶ少女を見て、鶯丸も嬉しそうに目を細めた。羨ましいと思いながらも、会話を交わす平野と燭台切も嬉しそうだ。

 あの一度きり以降、少女にしか茶を淹れる事をしない鶯丸だったが、それでも平野と燭台切は、自分たちは運が良かったと思っている。本丸に着任したばかりで内部の管理が行われていなかったこと、自分たちがその日のうちに鍛刀された初めての刀剣だったこと。あれは顕現したばかりの二人へ鶯丸なりの激励だったに違いない。そして恐らく、二度目はない。もし次新しい仲間が顕現されても、鶯丸の茶が振舞われることはないだろう。既に人の身に慣れた二人がいるから。

「この平野、いつか鶯丸様を超えてみせます」
「楽しみにしている」
「僕も楽しみにしているよ。ね、小梅ちゃん」
「ん? うんっ!平野、がんばってねっ」
「はい、頑張りますね」

 こうしてまた、温かい一日が終わってゆく。