少女は心底ご機嫌な様子でケーキを食べていた。何処か有名なお店の人気商品だとか言っていたけれど。イロハと更に数人の役人が自室に来て、これを置いていった。ケーキの他にも数枚の札。鶯丸に聞けば、手伝い札と書いてあるらしいそれと貰ったケーキはお詫びの品らしい。少女はよくわからなかったが、くれるならば貰っておけという鶯丸の言葉で素直に受け取っていた。



 少女の本丸入りだが、少し遅れている。と言うのも、ナビゲーションとして与えられるこんのすけのメンテナンスが行われる為だ。これは少女に与えられるこんのすけに限らず、全本丸が対象となっているらしい。システムの見直し、だそうだ。
 嬉しそうにケーキを頬張る少女を横目に見ながら、鶯丸は渡された資料を見ていた。
 此方の機嫌を伺うような謝罪は飽きた。そんなことよりもより良い改善を求める。そんな気持ちを知ってか、イロハだけはしつこい謝罪は続けずに別の提案を提示してきた。曰く、演練に出てみてはどうかと。見ている資料はそれだ。少女の研修は後日改めるとして、先に鶯丸に戦闘状況を確認してもらうつもりらしい。更には、本丸入りする前に多少の練度を上げてしまおうという魂胆だ。これはイロハなりのお詫びである。菓子折りをつけて渡すよりも、より多くの守る術を持てるチャンスを。それについては大いに賛成した。戦いは好みではないが、主を守るためならば致し方ないことだと割り切っている。

 演練だが、どうやら初期練度の鶯丸に合わせて新人審神者の本丸との演練を組んでくれる予定らしい。とは言っても、相手は戦闘をいくつか重ねた上に六振り編成である。対してこちらは戦闘経験ゼロの単騎。圧倒的不利は目に見えている。しかし勝敗はどうであれ、戦場と違い演練ではどう転んでも練度の経験が得られるらしい。つまりは、負けても構わないということ。しかし。

「やはり主に花を添えたいと思うのが刀剣なのだろうな」

 こうして少女と鶯丸は演練に参加することとなった。







 訪れた演練会場で、少女は忙しなく辺りを見渡していた。施設内にいた時よりもたくさんの人が行き交う会場。その中で少女が一際興味を引いたのは、何度もすれ違う刀剣男士たち。鶯丸以外の刀剣男士にも会ったことはあるにはあるが、先程すれ違ったというのにまた同じ方向から同じ人物が現れる。つまりは同じ見た目の刀剣男士が何人もいることが不思議でならず、似た顔を見つけてはきょろきょろと見渡すのに忙しいらしい。

「鶯丸、鶯丸っ!またおんなじひといたよ!」
「そうだな。顕現する主が違うから、刀剣が被ってしまうのは仕方がない」
「? 小梅もよべるの?」
「あぁ、そのうちな」
「たのしみ!」

 ベンチに腰掛けてぷらぷらと足を遊ばせていると、少女の代わりに受付を済ましたイロハがやってくる。

「受付が完了致しましたので、指定会場へ案内致します。小梅ちゃん、良いかな?」
「なぁに?」
「これを鶯丸様に渡してあげてね」
「ボール?いし?」

 イロハに渡されたのは銀色に光る丸いもの。少女の掌に収まるほどの小さいそれ。何だ、と思っているといつしか写真で見た記憶が思い起こされる。

「あっ!とーそー!」
「ふふ、正解。鶯丸様を守る大事なものだからね」
「うんっ」

 元気よく返事をすると鶯丸へと振り返り、刀装を乗せた手をすっと差し出す。

「はいっ」
「これを装備するんだな」

 差し出された刀装を受け取る。同じように掌に乗せたそれは、暫くして鶯丸に馴染むようにすっと消えていく。同時に、自分を守るような力を感じた。こうして普段付けている間は目に見えないが、戦闘時には刀装に込められた力が発動し、所持者である刀剣男士を守ってくれる。

 案内された会場には、成る程初々しさがまだ残る新人がちらほらといた。入ってきた少女と鶯丸に、中には希少刀剣である鶯丸に目を見張るものもいる。が、施設にいた頃から知っている者も多いらしく、一方的に懐かしそうな視線を向けられている。

「こちらが待機観戦室になります」

 案内されたのは普通の部屋。入った扉の反対側にまた扉があり、更には向こう側が見えるようにガラス張りになっている。部屋の向こうは少し広めな空間が出来ていて、その空間を挟んだ向こうはこちらと同じ部屋があるらしい。
 部屋に入ると、頭上にある液晶に映像が浮かび上がる。どうやらそれは部屋に入った審神者と刀剣男士の情報のようで、練度や装備品などの所謂ステータスが表示されていた。

「あっ 鶯丸だ!」

本丸エリア・備前国 No.XXXXXXX本丸
部隊長:鶯丸

 映し出された映像に少女は頭上を見上げて言った。続けて、今度は対戦相手の情報が映し出される。これは自分の部隊と違い、名前と練度しか表示されない。それらを物珍しげに見ていると、入ってきた時とは別の扉が開いた。イロハに促されるがままその扉を潜ると、向こうからも同じように人が出てきている。出てきたのは七人。審神者と演練に参加する六振りだ。つまりこれは開始前の挨拶だ。

「今日はよろしくね」
「よろしくおねがいしますっ」

 相手はまだ年若い女性だった。印象としては、大人しそうな女性。そして柔らかでふんわりとした霊気が感じられる。この演練の目的を知っているためか、相手の女性は少女の緊張を解すように優しく話しかけてくれている。それに僅かほっとしていると、自分を見つめる複数の視線に気付いて目を向ける。その視線は相手の刀剣男士のもので、代表するように一人の刀剣男士が話しかけてきた。――陸奥守吉行。恐らくこの女性の初期刀だろう。

「ほー、まっことおんし一人なんじゃなぁ」
「あぁ。本丸に入るのはこれからなのでな」
「でも、手加減はしやーせん」
「お手柔らかに頼む」

 こちらが不利なのは変わらないが手加減などされては演習にならない。挑戦的な言葉を受けて鶯丸はふっと目を細めた。

『演習エリアDの第一戦がまもなく開始されます』

 聞こえてきたアナウンスに、離れていた少女が鶯丸に近寄る。

「鶯丸っ」

 鶯丸を見上げる少女の目には、期待の色が浮かんでいる。何が言いたいのか容易に予想が出来て内心笑ってしまう。

「いっぱい、みてるね!」
「ははっ なら頑張らなければいけないな」

 両者刀剣男士を残し、主達は観戦室へと戻っていく。窓からこちらを覗いているのがわかる。が、次第に刀剣たちが残された空間が歪み、今し方いた室内とはうって変わって外の景色に変わる。広大な土地で、辺りは木々が藹藹としている。先程は見える位置にいた相手の刀剣達の姿は、見えない。
ブォォォォオ・・・・・・
 開戦を告げる法螺貝の音が響いた。

「偵察…だが、こちらは単騎で陣形も何もないからな。見破られるのは覚悟で守りを固めておこうか」

 陣形は部隊が揃ってこそ大きく力を発揮するが、単騎でもそれなりの恩恵は受ける。少しでも善戦出来るように防御力の上がる横隊陣を展開した。

「囲まれては身動きが取りづらいからな、仕掛けられる前に……動く!」

 相手は打刀一振り、脇差一振り、短刀四振りの編成。自分と同じ太刀が一振りも居ないのは幸いだった。が、機動力は相手方が有利である。打撃力は此方に分があるにしても、複数人に囲まれては発揮出来ない。おまけに初期練度である。刀装も、恐らく剥がれ易い。此処は太刀の打たれ強さを利用して多少は突っ込んで向こうの戦力を削るしかない。躱せるものだけ躱して、相手の刀装を剥がす事が出来れば……
 気配のある方へと走る。すると、前方でがさがさと草が揺れて小さな影が飛び出してきた。

「えいやっ!」

 ガキンッと刃が交わる音が響く。そして、刀が受けるはずの衝撃を装備している刀装が代わりに受けた感覚がする。

(まずいな……)

 装備しているのは軽騎兵の上を三つ。今鍔迫り合いを受けたのは短刀、秋田藤四郎。短刀は一撃の重さはないが、その身軽さでとことん刀装を剥がしにかかってくる。こちらの間合いを保てば反撃出来そうだが、向こうに何度も懐に入られては刀装が持たない。

(練度差はある……が、力はまだ俺のほうが上か。ならば…)

 思案している間にもこちらに近付く気配がする。鶯丸は刀を握る力を弱める。「わわっ…!」すると、不意に押し合う力がなくなったせいか秋田の体はぐらりと前のめりに傾いた。その隙に間合いを取るとそのまま斬りかかる。本体を斬った感触はなく、代わりに刀装が剥がれた。

「みつけました!」

 その間にも相手方の増援が来てしまったが、刀装を剥がせただけでも良しとしよう。恐らく、刀装を剥がされた状態では無理な特攻はしてこないだろう。体勢を崩した秋田を横目に、鶯丸はその場から走り去る。

 後ろから、小さな気配が追いかけてくる。その距離は明らかに近くなっており、追いつかれるのも時間の問題だ。しかし、気配は一つ。
(此処で迎え討つか)
 足を止めて振り返ると同時に、遂に追いついた短刀が斬りかかってきた。

「つーかまーえたっ!」

 また、少しずつ刀装が削れる感覚。追撃を受ける前にさっさと後ろに下がって間合いを保つ。と、その間合いを詰めるように今剣が近付く。そこでタイミングを合わせるようにして刀を一閃。

「殺すのは好きではないのでな……生き残れよ」
「うっ!」

 絶妙なタイミング。絶妙な刀捌き。絶妙な間合い。全てが重なって放たれた会心の一撃により、今剣の刀装を剥がすと同時に軽傷を負わせた。
 戦線離脱させられれば恐らく試合終了後の評価は上がるのだろう。だが今の目的はあくまで刀装を剥がして動きを緩めること。追い打ちをかけることなく、再び鶯丸はその場を後にした。

 その後も現れた短刀二振りも同じように刀装を剥がす。左右同時に現れたときは流石に肝が冷えたが、なんとか二振りの刀装を剥がす事が出来た。その分こちらの刀装も削られたが。
 さて、困ったのがその後対峙した脇差だ。短刀の刀装を比較的楽に剥がす事が出来たのは、彼らは刀装を一つしか装備出来なかったからだ。しかし、脇差以降は二つ装備出来てしまう。つまり、苦労は二倍というわけだ。まぁ、結果的に言えば剥がすことは出来たには出来た。しかしその代わり、こちらの刀装も殆ど剥がされてしまい、残りはあと一つ。その一つも心許無いほどに削られてしまっている。こうなってしまえば、刀装が剥がれて大人しくしていた彼らも動き出してしまう。ならば袋叩きに遭う前に。

「せめて部隊長に一太刀でも浴びせようか」

 向かってくる複数の気配を背に、鶯丸はこの先にいるであろう部隊長の元へと一直線に走る。







「そろそろ来るとおもっちょったが!」

 明るい笑い声に出迎えられ、鶯丸は足を止める。気が付けば自分を追っていたあの沢山の気配はなくなっている。目の前にいる陸奥守を見ても、やってくる仲間を待っている素振りはない。恐らく、彼らは此処までやってこない。実質、一騎打ちだ。

「日々戦術研究が必要やき、実験台になっとぉせ!」

 すらり、と刀を抜いた陸奥守が鋒を鶯丸に向ける。それを受けて鶯丸も同じように鋒を向けて笑った。

「実力を見せてもらおうか」

 両者、鋒を向けあったまま動かない。交わった視線は逸らされることなく、全神経に緊張が走る。

サァァァァ……

 両者の間を一筋の風が通り過ぎる。その風が止むと同時に彼らは動き出した。

「ふっ…!」
「はっ!」

 交わった刃から一瞬火花が走る。が、その鍔迫り合いも長くは続かず、お互い直ぐに間合いを取るように後ろに飛び退く。先に動いたのは鶯丸だった。希少刀剣故に刀装を三つ装備できる上、刀装が剥がされた今もその効力は発揮され、軽騎兵のおかげで機動力は上がっている。まずは、一閃を容赦なく叩き込んだ。

「さすが長く生きちゅう奴は違うのぅ」

 此処までやってくるまでの鶯丸の戦況を知ってか、陸奥守は感心するようにぼやく。パリン、と刀装が壊れて剥がれる音。まずは一つ。しかし次の手を打つ前に陸奥守が動いた。

「銃は剣より強し、じゃ!」

 思わずその腰にある銃を撃ってくるのかと思った。が、それは言葉だけで実際には剣戟がやってくる。受け止めたところで、パリン。先ほどと同じ刀装が壊れる音。遂に鶯丸の刀装が全て剥がされた。次いで、素早い動きで二撃目が放たれた。

「くっ…まだまだっ…」

 流石は一番の練度を誇る部隊長。一撃くらいは難なく耐えられると思ったが、簡単に軽傷を食らってしまった。明らかに分が悪い。まだあちらの刀装は一つ残っている。
 この身を受けて、少女の刀剣となって初めての痛み。刀傷を受けることも付けることもなかった鶯丸が、初めてそれを身に受ける。
(あぁ、これは……なかなかに痛いものだな)
 しかし、痛みに放心している暇もなく反撃と称して鶯丸もまた刀を振るった。パリン、と最後の一つ。これでお互い、身を守るものは何もなくなった。あるのは己の体だけ。刀装が剥がれたことに陸奥守が悔しげに口元を曲げるが、直ぐに反撃に入る。その鋒は受け止められることなく、鶯丸の、体へ。

 ザシュッ   と、先程よりも深い傷が鶯丸を襲う。

「おんしっ……」

 その傷をつけた本人である陸奥守が何かに気付いて驚いたように目を見開いた。その表情を見て、鶯丸はにっと口元を緩めた。

(あぁ、そうだな……華々しくはなくとも、己の全てを出し切るのも悪くない。まぁ取り敢えず、)

「茶でも、飲みたいところだが……」

 死合中とは思えない台詞だったが、その声は痛みに歪んでいる。そしてじわじわと内から溢れるように引き出される大きな力。気付いた陸奥守が、まずいとその身を引こうとした。が、それも一足遅かった。

「やれやれ…逃げてくれればいいんだが…!」

 引き出された力がそのまま流れるように刀へと伝わる。それは一際重い一撃へと代わり、陸奥守へと叩き込まれる。今一番の重い打撃に、陸奥守の体にも深い一撃が入る。何とかその場に踏み止まるも、走る痛みに表情が歪む。
 ……先ほど鶯丸に重傷を与えた一撃。鶯丸は、受けようと思えば受けられた。しかし敢えてそれをせず、その一撃を身を持って受け止めた。防御力を高める横隊陣。そのおかげで刀装を大きく削られることはなかった。最初の一撃も、中傷までは届かず軽傷に踏み止まった。全て陣形の恩恵である。そして横隊陣には防御力の他に高められる能力がある。必殺の上昇。横隊陣よりも防御力の高い方陣を選ばなかったのはその為だ。そして、敢えて受けずに受け止めた。発動できるかは賭けだった。が、此処までが全て鶯丸の策略通りだった。

真剣必殺

 繰り出された大技に、陸奥守が挑戦的な目を浮かべる。

「のうが悪いぜよ……」

 両者の間に再び、ピリピリとした緊張が走った。







「鶯丸かっこよかった!なんかね、ばーんって!よくわかんなかったけど、どーん、って!」
「ははっ そうかそうか」

 結果で言えば、鶯丸は負けた。あのあとスレスレの斬り合いをしていたが、陸奥守による会心の一撃が勝負を決した。勝てる見込みは元々少ない一戦だったが、部隊長である陸奥守に重傷を負わせることができただけでも御の字だろう。鶯丸が戦線崩壊すると、試合終了の合図が鳴った。今まであった広大な土地がザザザッ、と音を立てて歪んで崩れ、先ほどの何もない空間へと戻る。同時に鶯丸の身を襲っていた痛みもなくなった。剥がれた刀装も存在している。まるで何事もなかったかのように“元通り”だが、戦ったという実感だけは残っている。
 これが、怪我や刀装の破壊が影響されずに経験を得る演練の仕組み。

 何だか不思議体験をした気分で、鶯丸はぼんやりと自分の掌を見つめて閉じたり開いたりとしていた。するといつの間にか観戦室を飛び出した少女が鶯丸の足に勢いよく抱き着いた。思わずたたらを踏んでしまった鶯丸が驚いて足元を見下ろす。そして、きらきらと輝いた瞳と目があった。

 少女が喋っているのは八割方が擬音であったが、随分と楽しそうである。それに、鶯丸自身もなかなか有意義な時間を得ることが出来たと思っている。思ったよりも立ち回ることが出来て好感触だ。

 出来ることなら戦いたくない。殺すのは好きではない。そう思うものの、少女を守るためには強さを得ることを厭わない。

 武器は人を傷つける力であると同時に、人を守るための力にもなるのだから。