青葉城西との練習試合を終えた翌日。田中により“残念な美人”と称された烏野二大美女の一人、東雲アリスは同じマネージャーである清水潔子の元を訪れていた。

「潔子せーんぱーい」

 鈴を転がすような美しく澄んだ声……で繰り出されるのは、気が抜けて間延びした口調。聞き覚えのある声に振り返った潔子は、声の主を捉えて嬉しそうに笑った。

「アリスちゃん」

 潔子の呼びかけに嬉しそうに傍に駆け寄ったアリスも楽しげだ。

「久しぶりですー」
「そうね。ひと月、ゆっくり休めた?」
「はいー。でもお手伝いできなくて……」

 ただでさえ二人しか居ないマネージャー。仕事を全て潔子に任せてしまった事実に、アリスはシュン…と目を伏せたが、潔子はそれを首を振って制す。

「気にしてない。今日からまたよろしくね」
「はいっ」

 特別はしゃいで話しているわけではないが、二人はすっかり周囲の目を集めていた。何しろ、“烏野の二大美女”である。同じ部に所属してはいるが、学年の違う二人。潔子は三年生、アリスは二年生だ。部活中ならばまだしも、部活外に校内で二人一緒にいるところを見るのは珍しい。周囲は目の保養、と遠慮なく二人の姿を捉えていた。

「部活がない間、暇だったでしょう?」

 周囲から無遠慮な視線を向けられているのは感じているが、スルースキルの高い二人は構わず会話を続けていた。

「それなりに〜。なんで、30のアイスを一日三個ずつ、3周コンプリートしちゃいました」

 アリスは、それはそれは満足そうに告げた。季節は五月。春の陽気があるものの、日によっては肌寒さが残るこの季節、この子は一ヶ月の間毎日アイスを3つ完食していたようだ。

「もう行く?」
「日誌届けたらすぐ行きますよ〜」
「わかった。ドリンクは任せていいかな?」
「ガッテンです〜。パパッ!とやっちゃいますよ〜」

 口調がのんびりとしすぎて、本当にパパッ!かどうかは不安なところである。







 約一ヶ月ぶりの部活参加。第二体育館へと目指すアリスの足取りは軽い。

「ノヤはもう来てるかな〜」

 通学用の鞄をプラプラと遊ばせながら歩いていると、バァン!と雷のような音が聞こえてビクリと肩が跳ね上がる。何事かと視線を向ければ、今し方頭に浮かべた人物・西谷夕が苛立った様子で体育館を離れていくのが見えた。

(んー?戻らないのかな?)

 体育館を離れていく西谷の背を目で追っていると、視界の中にオレンジ色が見えた。そのオレンジ色の人物は、去ろうとする西谷を追いかけてこう言った。

「レシーブ教えてください!」

(オレンジの子、一年生かぁ。)
 二年である西谷にレシーブの教えを乞う姿、記憶にない子であることから、どうやら新しく入った一年生らしい。どうりで知らない子だと思った。西谷にレシーブを教わるのは良い選択だ。素晴らしい反射神経と、安定したレシーブの正確さ。何より、自分の“リベロ”というポジションに誇りを持っている。
 まぁ、教え方が良いかどうかはわからないが。
 そう思っていると、今度は4つの塊が影から二人の様子を眺めているのに気付いた。そのうちの3つの塊は、知っている人物だった。西谷とオレンジの子のやりとりを、ハラハラとした様子で眺めている。ちょっと面白い。
 自分がいることに気が付いていない事をいいことに、じっくり観察して楽しんでいると、いつの間にか西谷とオレンジの子の会話は終わったらしい。先程の尖った雰囲気が抜けた西谷は随分機嫌がいいようだ。影から見守る4つの影も、ホッと胸を撫で下ろしたところで近付いてみた。

「新しい遊びですかー?」
「「「「ホォア!!!」」」」
(ウケる。)

 完全に西谷たちに意識が持って行かれていたのか、文字通り飛び上がって驚いていた。

「なっ、おっ…あ!」
「東雲!」
「わぁ、おかえり!」

 驚かされたことに不機嫌そうに田中が振り返るが、その人物がアリスであるとわかると、嬉しそうに目を見開いた。澤村と菅原も、驚いたことを忘れてアリスに駆け寄った。四人の奇声によって西谷たちもアリスの存在に気付いたようで、いつの間にか囲まれていた。

「はわっ…!!!き、きききっ、金髪美女…!!!」

 どもりながらアリスを見るのは先ほどのオレンジ色の子。アリスの容姿に目を瞠っているのはオレンジの子だけではなく、背の高い黒髪の子も物珍しそうにしていた。当の本人は、そういった反応には慣れているようで、気にした様子もなく「いちねんせー?」と、いつも通りの緩さを発揮している。

「は、はいっ!日向翔陽です!」
「影山、飛雄です……」
「東雲アリスでーす。マネージャーだよ〜」

 宜しくー、とヒラヒラと手を振るその姿のなんと無気力なことか。

「は、ハーフですか?!」

 輝くブロンドヘアーに、海を映したような深い碧色の瞳。雪のように白く透き通った肌に、一際色を放つバラ色の小さな唇、ほんのり色付いたピンク色の頬。ぱっちりとした目は日本人のそれではないし、異国の血の色が濃いようだ。しかし、影山が反応したのは見た目だけではなかった。女子生徒にしては、アリスは身長が高かったのだ。目線の位置がぴったりどころか少し上に感じるため、恐らく影山よりも高い。180cm以上ある。この長身で選手ではなくマネージャーであることが少し勿体無く感じた。

「そうだよー。半分フランスー」
「おおおっ…!!」

 このオレンジの子……日向は、いちいち大袈裟に反応してくれるようで、面白い。いじったら楽しそうだな、と不真面目な思考を巡らせていると、田中と西谷が一年生二人の前に出た。

「「どうだ、“烏野二大美女”のもう一人!」」
「なんでお前らがドヤ顔してんだー」

 あぁ、賑やかなこの感じ。帰ってきたんだと実感する。この一年生二人は何処のポジションなのかな。一体どんなプレイを魅せてくれるのかな。表情には出さない興奮が、アリスの中で湧き上がる。

「着替えたらドリンク入るんで、カゴ入れといてくださいね〜」
「あぁ、任せた」

 さてまずは、復帰後のひと仕事と行きますか。