「レシーブは一朝一夕で上達するモンじゃないよ」


 現在地、青葉城西高等学校。
 顧問・武田先生による奮闘でこぎ着けた強豪校との練習試合が今日、この場で行われていた。結果はセットカウント2−1と烏野高校の勝利に終わった。しかし勝利を得たものの、不安要素も浮き彫りになった。
“レシーブ”
 繋ぐことが命であるバレーで、その始まりであるレシーブが安定しなければ、いくら攻撃力が高くても得点に繋ぐことが出来ない。そのことについて、主将である澤村大地は冷静に受け止めていた。それは対戦相手校の主将・及川徹も感じ取っていた。今のままでは、穴だらけだと。烏野選手の痛いほどの視線を受けながら、同じポジションであり、同じ中学校の後輩である影山飛雄に勝利宣言という名の挑発を吐き捨てた及川は、満足気な顔でその場を後にする。

「大会までもう時間はない」

 どうするのか楽しみにしてるね。
 及川の言葉により不穏な空気が流れた。それを感じ取った影山が、まるで弁解するように口を開いた。

「き、気にしないで下さい!あの人、あぁやって人引っ掻き回すの好きなだけなんです!」

 しかし、影山のフォローを受けた澤村は「ふふっ…」と意味深な笑みを零す。それは及川の挑発を受けた苛立ちも含まれていたが、何よりも何処か嬉しさを匂わせていた。確かにインターハイ予選まで時間はない。けれど。

「そろそろ戻ってくる頃なんだ」
「あっ」

 澤村の言葉に、田中がハッと反応をした。その言葉の意味を理解できないのは、入部したばかりの一年生四人。そのうちの一人である日向が、何のことかと聞けば、澤村は至極嬉しそうに、そして自慢げに応えた。

「烏野の守護神」
「しゅ、守護神……!?」

 守護神。その異名は日向の心を擽らせた。

「なんだ、他にも部員いるんですか!」

 部員は10人だけだと思っていた影山は素直に食いついた。守護神……名前から察するに、恐らく守備専門ポジションであるリベロを担う人なのだろう。烏野にリベロはいないのかと少し不安があったが、これで払拭された。

「……うん、居るよ」
「?」

 しかし、応えた菅原の声は陰っていた。







 戻ってからも練習に励んでいた一行は、朝から行っていた練習試合の疲労も相まって、眠気に襲われていた。実際、欠伸を漏らすものも少なくなく、日向に関しては立ったまま寝てしまいそうなほどだった

 試合後の練習を終えた帰り道。影山が烏野に来た理由、今日の試合について口々に話す中、“烏野の守護神”の話題が出た。

「その、これから戻ってくる人は今までどうしてたんですか?」

 影山の最もな疑問に、田中は答えづらそうに言葉を濁した。そして返ってきた答えに言葉を失くす。

「……一週間の自宅謹慎と、約一ヶ月の部活禁止だったんだ」
「!?」

 それは、まさか。

「ふ、不良!不良?!」
「ちげぇよ」

 日向の安直な反応に田中は呆れたように言った。“アイツ”はアツ過ぎるだけなのだ。何事にも全力で、ひたむきで。それは同じ男として尊敬に値するほどに。そして、同じバレー選手としても尊敬していた。“アイツ”は確かに天才だ。

「それと、もう一人のマネージャーも戻ってくるよ」
「えっ、マネージャーって清水先輩だけじゃなかったんですか?!」

 少し気まずさが流れる空気を変えるように、菅原が声色を明るくして言った。なんと、戻ってくるのは選手だけではないようだ。

「その人はなんで…?」
「同じく禁止令」
「!ふ、ふりょっ…」
「だからちげーって!」

 再度問いかけた影山に返ってきたのは、なんと同じ返事であった。何故マネージャーの身で謹慎を食らっているのか。

「まぁマネージャーの謹慎に関しては、完全にとばっちりだ」
「ゆっくり休ませるにはちょうど良かったかもしれないけどね」

 仕方がない、という表情をしながらも、話す澤村と菅原の表情は柔らかい。

「お前ら見たらビビるぞ!なんたってバレー部のマネージャー二人は、烏野の二大美女と呼ばれているからな!」
「おぉっ…!!」

 えっへん、と腕を組んで鼻高々に告げる田中は自分のことのように自慢気である。美女と聞いてテンションが上がったのは日向だ。初めてマネージャーである清水潔子を見たとき、あまりの美しさに頭がショートしかけたのを覚えている。まさか同じレベルの美女がもう一人、しかもバレー部のマネージャーにいるとは。

「だが安心しろ。潔子さんの美しさは世界遺産級だが、もう一人のマネージャーは初対面の壁さえ突破してしまえば気安い性格をしている!」

 俺も最初は話すのにビビっていた。目も合わせられなかったぜ。
 情けない話のはずなのに、当の本人はやりきった顔をしている。そして、日向と影山に向かってビシリ!と人差し指を向けた。

「何故ならば、美人は美人でも……」



 残念な美人だからだ!!



「……え?」