試合終了のホイッスルが響く。喜びを表す音駒陣営とは真逆に、心底悔しそうな表情を浮かべる烏野。
「ああう……」 「完敗、だね。行こう」 「はぁい……」
最後のラリーで知らず知らずのうちに両手を握り締めていたアリスは、ホイッスルの音と共に全身の力を抜いた。良い勝負だったからこそ、負けた悔しさも一入だ。力なくゆっくりと立ち上がると、音駒の選手の喜びの声に混ざる小さな烏の声。
「もう一回!」
そう、負けてしまったけれど、これは“練習試合”。言い方は悪いが、泣きの一回が可能なのだ。
「やーったぁ〜」 「休憩挟んでからね」
手に汗握る試合がまた見られるのかと思うと気持ちが逸らずにはいられない。しかし、皆がみんな日向のような体力お化けではないので、一試合目終了の挨拶をしてから休憩が挟まれる。
「多めに持ってきてたよね?」 「2パックあります〜」 「じゃあ、音駒の方お願いね」 「ガッテンです〜」
二手に分かれてマネージャー二人が手にしているのは何かが入ったタッパー。運動部ではお馴染みのよくある“アレ”である。
「ねこさん、お疲れ様です〜」
音駒側のベンチに向かうと、少し気まずそうな視線がアリスへと向けられるが、アリスが手に持つあるものを目にしてその気まずさは一気に払拭される。
「お疲れ〜。それってもしかして……もしかする?」 「定番のあれですよ〜青春ですね〜」 「俺らももらっていいの」 「烏野の分は先輩が配ってるのでだいじょぶです〜。ねこさんに餌付けです〜」 「餌付けって……じゃあ、遠慮なく。お前ら、烏野マネちゃんが差し入れをくれるぞ。礼言っとけよ」
あざーっす!と、運動部らしい野太い声が響く。返事の代わりにタッパーの蓋を開けると、アリスの周りにわっと人が集まってきた。熱気で若干暑苦しい。
「おぉ、レモンのはちみつ漬けだ!」 「こんな……こんな美しい食べ物がこの世に存在しているのか……!」 「その感想はウケる〜」
何故だか若干泣いている者もいるが気にしないことにしよう。
「ねこさん達、強いですね〜」 「おたくのチームも強かったよ」
あんなにたくさんあった中身はあっという間に選手たちのお腹の中に吸い込まれていった。お気に召していただけたようで何よりだ。
「リベロねこさん、レシーブのレベル高くて痺れました〜」
名前を全く覚えていないアリスに呆れながら「夜久な」と再度教えてくれる。
「ありがとう。三番のスパイク、強烈だったよ」 「でしょでしょ〜。東峰せんぱいのパワーは烏野一ですよ〜えへへ」
負けてしまったけれど、チームの誰かを褒められて悪い気はしない。試合観戦の熱がまだ残っているおかげで表情筋が残業をしているので、アリスは本当に嬉しそうに笑った。リベロねこさん……夜久が「なんだ、笑えるんじゃん」と隠すことなく言う。大変正直でよろしい。
「ドリンク補充しますよ〜」 「ん、頼むわ」
試合の興奮を伝えたいところではあるが、選手の休憩を邪魔するわけにもいかないし、マネージャーとしての仕事も熟さねばならない。さくさくとスクイズボトルを回収して補充に向かうアリスの背中を黒尾が目で追い、それに気付いた孤爪が口を開いた。
「どうしたの、クロ」 「いや……マネージャーもいいもんだなって」 「!! クロさんっ、なら音駒にも……!」 「やってくれる人がいればな」
*
その後、音駒の帰宅時間までの時間が許す限りで試合を続行したが、烏野は1セットももぎ取ることが出来ず全敗。どの試合もとても内容の濃いものだったが、その分選手の疲労も多い。どの選手も息も絶え絶え、両校の龍虎は揃って床に倒れこんでしまっている。しかし烏野一の体力お化けはそうではないようで。
「もう一回!!」
もはやムキになっているようにも感じるその表情からは鬼気迫るものがある。まぁ負けて悔しくないはずがないだろうが。
「だめだ!新幹線の時間があるんだ!」
烏養コーチに首根っこを掴まれた日向は名残惜しそうに音駒の人たちを見ている。
「また音駒とやりたいなら」 猫又監督が日向、否烏野に向けて言葉を続ける。 「公式戦だ」
その瞬間、その場にいる全員の表情が引き締まった。たくさんの観客や数多の優れた選手が集う、全国の晴れやかな大舞台。誰もが憧れ、そして目指す場所だ。
「皆で全国、行きたいですね〜」
選手たちがそれぞれの監督の前に並んで話を聞く後ろで、アリスが呟く。そんなアリスの言葉を聞いた潔子はちらりと彼女に視線を向けた。
「……行きたいじゃない、行くんだ」
みんなで。
静かながらに力強い意志を感じる。ただの夢で終わらせない、強い意志。
「……はい、行きましょ」
<第一章:カラスとネコ/END>
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