「らァッ!!」

 放たれた山本のスパイクは田中の腕を掠めて後方に飛んで行った。「くそっ…!」と田中が悔しそうに口元を歪めるのが見える。

「三点差……」
「先に20点台乗られると厄介ですね〜」

 18-15と、音駒に三点リードされて烏野が負けている。1セット目を音駒に取られている以上、そう長々とリードを許すわけにはいかない。

「わぁ、きたきた〜。日向〜ナァイスキ〜」

 と、普通の速攻を会得する為にずっとへろへろなスパイクを打っていた日向が漸く一点を決めた。しかしそれは変人速攻の方で、目の前で急に斜めに飛び上がる日向に黒尾は反応が遅れたようだ。やはり、遠くで見るのと目の前で見るのとでは勝手が違うのだろう。

「あの斜め飛び、ほんとわけわかんないです〜」
「相手からしたら急に目の前から消えてるからね、確かに反応が遅れると思う」

 確かに日向影山の変人速攻は凄い。が、音駒の“安定さ”はその上を行っていた。

「おぉ〜、前囮のバックアタック…!いーですねぇ〜」

 福永のバックアタック攻撃。完全に烏野側のブロックを振り切られてしまったが、ちょうどスパイクの軌道上にいた日向が文字通りボールとぶち当たり、なんとか繋がった。が、そのままボールは相手コートへと返り音駒のチャンスボールとなってしまう。先程と同じように同時に動くスパイカーにブロックの意識がバラバラになり、それを嘲笑うように黒尾のAクイックが決まった。警戒しすぎたが故に、一瞬のことだった。

「うまく隙をついてきますね〜、安定感ぱないです〜」
「やっぱり相当上手い?音駒の人たち」

 潔子の言葉に、アリスはうーんと小さく唸りながら音駒の選手を眺める。

「……パワーで言うなら東峰せんぱいの方が上だし、影山のトス回しも髄を見ないと思います〜」

 はっきり言うと、音駒はこれと言って目立って突出した選手はいない。しかし、それでもあらゆる面で音駒は烏野を遥かに上回っている。

「今のバックアタックからのAクイックという流れでもわかりますけど、攻撃の多彩さは圧倒的です〜。プリン猫さん、相当ゲームメイク上手いです〜」
「確かに、うまくブロックを振り切られちゃったもんね」
「でもその攻撃の多彩さも、レシーブがあるから活きるんです〜。ノヤもレシーブめちゃくちゃ上手いですけど、ねこさんたちは皆レシーブの安定感はんぱないです〜、正直痺れます〜」

 バレーは繋ぐスポーツ。いくらスーパーリベロがチームに居たからと言って、一人で全てのボールをレシーブ出来るわけではない。“全員で繋ぐ”からこそ、その後の攻撃がより活きる。
 そして今、この場にいる選手の中で断トツのパワーを持っているであろう東峰のスパイクを夜久が真正面で完璧にレシーブをした。

「……あーやばいです〜。リベロ猫さん上手過ぎです〜。あれコース読まれてますよ〜」
「あの瞬間でそこまでわかるの」
「優秀なレシーバーは、フォームでコース読んじゃいますよ〜」

 いやぁ、痺れる。

「わぉ……!」

 夜久がレシーブしたボールはふわりと綺麗にセッターの頭上へと上がる。さあ次は誰の攻撃だ、と警戒する烏野のブロックは一つの動きが目についた。ぐっと膝を曲げて溜めを作る黒尾に、またもAクイックが来るとブロックに飛んだ。東峰と月島、烏野で一番高い二枚壁だ。しかし、二人が飛んでいるのに対して、黒尾は未だ地面に足を付けたままだった。その一瞬の差でブロックのタイミングがズレてしまった烏野は黒尾の得点を許してしまう。

「今の……」
「一人時間差ですね〜。完璧なAの後にかますとはやりますね〜」

 しかし悠長に称賛してはいられない。今ので音駒は20点台に乗ってしまった。ここからの試合の流れはあっという間だ。凌ぐだけでは追いつけない、多少強引にでも点を取らなくては。しかし焦りが出ればそこを突かれてしまう。

「パワーとスピードでガンガン攻めろ!!」

 そこへ聞こえてきた烏養の声。反応した田中の表情はガラの悪さを極めている。確かにあらゆる面で音駒を下回っている現在の烏野ではある。が、攻撃力では負けていないのだ。それを如何に得点に繋げるか、というのが今後の課題になる。そして今はそれを見出すチャンスの一つ。粗削りでも不格好でも、それが今烏野の持つ最大限の武器である。

「いけいけ〜」

 その後、文字通り力技で攻めまくった烏野も20点台に乗り、なんとか音駒に縋り付いていく。そして点差は一点と、その背中を捉えた。

「ここを取ればデュースだね」
「意地でももぎ取るですよ〜!」

 あまりの接戦に応援にも熱が入る。手のひらをメガホン代わりにして声を張れば、澄んだ声はよく通った。それに対して人一倍元気な西谷が「任せろ!」と頼もしい返事を返す。他の皆も、言葉を返さずとも同じ気持ちだった。
 デュースに持ち込めるか否かという重要な場面。やはりトスを託されたのはエースである東峰で、強烈な一発が叩き込まれる。そしてそれを拾うのは音駒のリベロ、夜久。しかし勢いを殺しきれなかったのか、ボールはそのままネットを超えて烏野のコートへと返ってくる。それをチャンスと言わんばかりにまたもや東峰がダイレクトで返した。が、音駒はまたそれを拾う。烏野が全力で殴りに行っているのに対して、音駒は防戦一方のように思える。しかし、バレーはボールが繋がっているうちは負けではないのだ。
 繰り返される烏野のチャンスボール。続いてトスを託された日向がブロックに飛んだ犬岡の腕を避けてスパイクを打ち込んだ。若干犬岡の腕を掠めはしたものの、此処にきて完璧にブロックを避けたスパイクを打って見せたのだ。またもそれを拾われたが、ボールは音駒側のネットにぶつかってしまい、烏野側は一瞬「やった!」と気が緩んでしまった。しかし、ネットのすぐ傍にいた海がそれを繋いだ。苦し紛れのそれは上手く次へ繋がるボールにはならず、あわや音駒のコートへと落ちてしまう。そう思ったボールの先に飛び込んできたのは、音駒の“脳”だ。ボールと床のすれすれ、僅か数cmの隙間に手を滑り込ませ、飛び込んだ勢いのまま打ち返されたボールは烏野側のコートへと戻ってくる。下がれ下がれ!と菅原の声が焦る。前のめりになっていた守備を越え、ボールはエンドラインの手前に、落ちた。

 セットカウント2-0で、音駒の勝利。