試合は烏野有利で進んでいた。変人速攻による奇襲のおかげで音駒は日向の動きを警戒しているらしく、日向の囮に引っかかる場面が何度かあった。しかし、有利であっても大きな点差は開かない。烏野の攻撃が決まっても、焦らず淡々と点を返してくる。
「きもちーレシーブだなぁ」
烏野のグズグズなレシーブを見てきた分、音駒のレシーブはとても安定しているように見える。いや、烏野のことを差っ引いても音駒の守備力はとても高かった。少しずつ、隙間を埋められているような感覚。 それでも日向影山の変人速攻が厄介なことには変わりなく、遂に音駒のTOがきた。
「すげーな、翔陽!」 「あざっす!」 「日向のおかげで俺らも点を稼げてる。このまま突き放してやんぜ!」
いつもの騒がしいメンツは有利なこの状況にテンションを上げている。しかし。
「油断は禁物だ。けど受身に回ればあっという間に詰められる、使えるうちはジャンジャン使っていけ」 「「はい!!」」
そしてTO明け。未だに有利を保っているものの、それは少しずつ烏野を揺さぶり始めてきた。
「ブロック、寄せてきてるね」 「デディケートシフトですね〜。東峰せんぱいのマークの徹底って言うよりも……」
サイドに寄せたブロックは東峰のマークを徹底する為のように見えた。しかし、日向とのマッチアップについている7番の動きが段々日向の速さに追いついてきているように感じる。
(なるほど、誘導してるのか〜。よく見てるなぁ)
確かにめちゃくちゃな速攻ではある。しかし日向自体はコートを把握して動いているわけではなく、ただ単にブロックのいない方へ追いつかれない速さで突っ込んでいるだけ。ブロックを避けるそれは、捕まりたくないからというただの本能に近い。だからこそそのブロックを利用して日向を誘導して動く範囲を狭める。しかし飛び込んでくる場所がわかったとしても、とんでもなくすばしこい日向に追いつくのは至難の業だ。だが、音駒の7番は段々と、着実に日向に追いついてきている。
「うぅ〜ん……」
どうやら音駒は日向に対しては7番のみがマークするマンツーマンで貫くようで、他のメンバーは日向の囮には引っかかってくれなくなった。
「スマン、ノヤっさん!カバー頼む!」 「任せろ!」
日向への対応が出来上がった音駒はプレイに段々と余裕が出てきたように思える。フェイントで前に落とされたボールを田中が飛び込んで拾うが、レシーブが乱れてセッターに返らない。西谷がカバーに走ると、影山がトスを呼んだ。引っ込んでいた日向が、影山がトスを呼んだ事に驚きの声を上げているのが聞こえる。 スパイクに入った影山に対して相手のブロックは二枚。黒尾によりクロスはしっかりと締められており、あとは相手の腕とアンテナの僅かな隙間だけ。しかし影山のスパイクはその合間を縫ってズドッと鋭くコートにボールを叩きつけた。
「ナイスストレート〜」
キレの良いストレートにアリスは賞賛の声を上げた。しかしそれ以降の得点が止まり、遂に同点まで追いつかれてしまった。
「……日向の得点、減ってきたね」 「7番くん、日向に追いついてきてますもんね〜」
最初こそ相手の意表を突いていた日向の速攻。しかし音駒の7番が段々と日向に追いつき、スパイクがブロックに掠めてしまうおかげで相手に拾われることが多くなった。そして、音駒のセットポイントまで持って行かれてしまう。
「う〜、ねこさんのセットポイント……」
22-24の音駒のセットポイント。なんとか食らいつきたいところではある。音駒からのサーブを西谷が綺麗にレシーブし、ボールはふわりと影山の頭上へと返る。音駒の守備力は勿論高いが、西谷も相変わらず綺麗なレシーブをする。
「ナイスレシーブ〜」
その間もコートをちょこまかと駆ける小さな影、そしてそれを捉える7番。ブロックを避けるようにして素早く走る日向に、日向よりも大きな影が覆い被さった。
ピ、ピピーッ
「やっと捕まえた!」
第一セット終了。22-25、最後のポイントは日向の速攻を7番に完全に止められて失った。
*
「タオル足りてます〜?」
セット終了後、アリスは早速音駒側の手伝いに回っていた。ドリンクとタオルを配るその表情は試合前と打って変わり、にこにこと柔らかく笑顔が浮かんでおり明らかに機嫌が良いのがわかる。モヒカン君はそんなアリスを直視出来ないようで終始目が泳いでいる。しかし不思議に思うのは他の人も同じで、美人の笑顔を見られたのは僥倖ではあるが、思うところはそこではない。
「やけに機嫌良いな。おたくのチームからセット取っちゃったけど?」
そう、烏野は音駒に1セット目を取られたのだ。今は音駒の手伝いに回っているとしても応援しているのはやはり自チームである烏野だろう。だからこそ、嬉しそうに笑っていることが不思議でならない。
「そーですね〜。何かしら日向の対策はされるだろうなーとは思ってましたけど〜。まさか追いついちゃうなんて。7番くんすごいね〜」 「あ、あざっす!」 「悔しいとかないのかよ?」
これまた不思議に思った夜久が訝しげに突っ込んできた。
「そりゃ悔しいですけど〜、それ以上に楽しいです〜。だって、良い試合が見られてるんですよーっ、テンション上がっちゃいます〜!」
言いながら楽しさが隠しきれないのか、えへへと更に表情を破顔させる。笑顔と言っても目尻をくしゃくしゃにさせる程の満面の笑みではないが、明らかに試合前と違うのはわかる。声にも若干の抑揚が感じられる。あまりの違いに音駒の面々は困惑するばかり。そんな彼らの様子などお構いなしにアリスは続ける。
「ねこさん達のレシーブ、しびれますね〜。きれーにセッターに返すから、参っちゃいますよ〜」 「参ってるように見えねんだけど」 「へへ〜」
あまりにも暢気に敵チームを褒めるものだから、こちらの気を緩めようとしているのかと勘繰ってしまう。が、楽しそうなのを見ると、ただ単純にバレーが好きなだけなのかもしれない。それに、褒められて悪い気はしなかった。
「バレーは繋いでこそ、だからな」 「まったく同感です〜」
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