音駒への挨拶が済んだところで早速お仕事を始めよう。アリスが動くたびにモヒカンくんからの視線がとても痛いが手を止めるわけにはいかない。

「それやりますよ〜、アップしちゃってくださいな〜」
「わ、ありがとうございます!」

 ドリンクボトルが入ったカゴを持って右往左往していた音駒少年。お手伝いとして入ったアリスに頼みたいが声を掛けづらかったようで、気付いたアリスから申し出た。嬉しそうに頷いた音駒少年はカゴをアリスに渡して早速音駒の集団に混ざっていった。

「悪いな、芝山は一年だから言い出しづらかったんだろ」
「しかもこんな大女ですもんね〜」
「それ自虐?」
「ちっちゃい女の子は正義」
「なにそれ」

 黒尾は主将だからか何かとアリスを気にかけて声をかけてくれる。音駒の中で最初に名前を覚えて喋りやすいとアリスが思っていたからかもしれない。そのおかげで烏野を離れて作業している今も気まずさは全くない。まぁ、元々そんなもの感じるほど繊細ではないのだけれど。

「ドリンクの好みとかあります〜?」
「何、わざわざ分けてくれんの。すげーなマネージャー……でも面倒だろうし、全部一緒で良いよ」
「わかりました〜。まぁ、顔と名前一致してないので聞いても覚えらんないですけどね〜」
「なんで聞いた」

 凄いなと感心した直後のこれである。語尾を伸ばす緩い喋り方も相まって、ふざけているのか本気なのか。

「でも、くろーさんは覚えたので、特別に好み聞いてあげちゃいます」

 カゴを抱えながらえへん、と胸を張ったアリスは黒尾の返答を待っている。しかしそんなことを言われるとは思っていなかった黒尾は暫し反応が遅れた。

「……は、あぁ、えーと……じゃあアクエリの、薄目が良い」
「あいあいさー、です〜」

 こくん、と頷いたアリスはそのままカゴを抱えてさっさと体育館を出て行った。ぼんやりとそれを見送る黒尾に音駒の選手が一人近付いて来る。

「やけに親しげだな」
「……夜久」

 黒尾よりも小柄なその選手は音駒でリベロを努める夜久衛輔。先程のアリスと黒尾の様子を親しげだと言うその言葉には少し棘があるように感じた。

「確かに美人だけど、愛想が足りなくないか?」
「話せば面白いけどな」
「それはあの自己紹介でちょっと思ったけど、やっぱ女の子は笑顔が一番だろ」

 夜久の言うことも一理ある。どんなに可愛くて美人でも、愛嬌がなくては可愛げがない。でも黒尾は身近にアリスと同じように表情があまり豊かではない幼馴染がいる為、少し愛想がないくらいなら気にならなかった。まぁ、確かに少しもにこりともしない女の子だけれども。

「確かに愛想はないけど、嫌々手伝ってるわけじゃないし大丈夫だろ」
「……まぁ、代わりに雑用してくれるのは事実助かるけどな」

 早い話、夜久は笑った顔が見てみたいだけだった。でもそれよりも。

「出会い探しにきたわけじゃないんだ、浮かれてんじゃねーぞ」
「わかってるって。俺だって楽しみにしてきたんだ」

 ネコとカラスの再戦を。







「音駒高校 対 烏野高校練習試合、始めます!」
「「しアス!!!」」

 遂に始まった練習試合。烏野のベンチに座ったアリスは潔子の横でソワソワとポシェットを触りながらコートを見ていた。

「まだ始まったばかりだよ」
「そうなんですけど〜、でも絶対奇襲しますでしょー」

 初っ端からあの変人速攻が見られるなんて、ソワソワするなと言う方が難しい。そう、あのめちゃくちゃ早い速攻は“変人速攻”、日向影山は“変人コンビ”と呼ばれているらしく、それを聞いた瞬間に確かになと納得してしまった。スパイカーの手のひらピンポイントに高速トスを上げる影山の精密な技術も、ずば抜けた反射とバネであちこち動き回った挙句に目を瞑ってボールを見ずにフルスイングでスパイクを打つ日向も、どちらも傍から見れば変人じみている。それが上手い具合に嵌ってめちゃくちゃながらも得点を稼いでいるのだから驚きだ。そして今はそれが烏野の最大の武器と言っても良い。それをお見舞いするなら、最初の一発だ。

「ナイッサー」

 サーブは音駒のプリン頭君から。名前は既に忘れているので、プリン猫さんと名付けよう。

「いーコースです〜」

 コーナーギリギリを狙った良いサーブ。インかアウトか見極めなければならないところだが、威力はない為に難なく東峰はそれをレシーブに繋げた。西谷にサボりのツケが、とダメだしを喰らいながら上がったボールをすかさず影山がカバーに回る。

(きたきた……!)

 当たり前だが、コート内で一番存在感があり且つ目を離してならないのがボール。影山が誰にトスを上げるのか、意識の中心はそこに集まる。しかしその際、コートの中をちょこまかと駆け回る小さな影があるのだ。翻弄するようなその動きに一瞬目を奪われても、ボールさえ追っていればと思うそれが既に油断。スパイカーを強引に振り切るような高速トスが、これまた凄い勢いで突っ込んできてジャンプをした日向によりあっという間に相手のコートに叩きつけられた。

「すげえっ、速えっ!何?!」
「あんなとこから速攻!?」

 音駒の陣営から驚きの声が聞こえてくる。

「ナァイスキ〜!いーぞ〜」

 待ち望んでいたそれを見ることが出来て、更に相手の度肝を抜く事に成功した。途端アリスの表情筋が重い腰を上げて仕事をしだす。にっこにこだ。

 さて、今の一発で相手の意識は完全に日向に注がれたことだろう。此処からが日向影山の“変人速攻”の本領発揮である。