音駒との練習試合を明日に控えた本日も朝から晩までバレー、バレー、バレー漬けの一日。昨日漸くスターティングメンバーが発表され、更に気が引き締まったように感じる。今はサーブ練習をしているところで、アリスは転がってきたボールを拾っている。もう一人のマネージャーである潔子は、先程クリーニングが出来上がったという連絡を受けてそれを取りに行っているところだ。
 ズドッ、と鋭い音を立ててボールが床に叩きつけられる。やはり威力が凄いのは東峰と影山だ。東峰はまだ安定したジャンプサーブではないが、流石部内一のパワーを持っているだけあってボールが叩きつけられる音は凄まじい。

「わぁ、影山今のナイッサ〜」
「あざっす」

 そして日向が殺人サーブと称したほどの威力を持つ影山のサーブ。ジャンプサーバーが二人しか居ない中で、影山のサーブはなかなかに頼りになる。改善点を挙げるとすれば、コントロール力だろうか。しかし今しがた放たれた鋭いサーブはエンドラインギリギリに落ちる良いサーブ。すかさずボールを拾ったアリスが影山に声援を送れば頷いて応えた。今の好感覚を忘れないように、と目に宿った集中力は途切れない。

「よし、次は半分に分かれてスパイクとレシーブだ」
「「はいっ!」」

 シューズが床を擦り、ボールが弾む音や部員の掛け声と時折響くコーチの怒声。その声にはい!と返事をしながらもボールへ向けた集中力は途切れない。と、そこへ紙袋を二つ抱えた潔子が戻ってきた。アリスはととと、と近付いてその一つを引き取る。

「今メニュー変わったとこです〜」
「じゃぁお昼休憩の時に配ろっか」
「あっ、僕背番号のリスト持ってきますね」

 今年顧問になったばかりの武田先生は誰がどの背番号のユニフォームなのかは知らない。斯く言うマネージャー二人も知っているのは2、3年まで。とは言っても入ってきた一年生は4人だけなので、潔子は覚えているのかもしれないが。







「うわああぁ……あぁ〜!」
「おい日向うるせぇぞボゲ!」

 配られたユニフォームを掲げて、日向は感嘆の声を上げた。更にはその背番号が憧れの”小さな巨人”と同じだと知って感動に打ち震えている。

「小さな巨人かぁ〜月バリに載ってたりするかなぁ」
「持ってるの?」
「中学の時は、バックナンバー保管してましたよ〜」

 とは言えあるのは東京。自分で探すならまだしも、膨大な数の中から探してくれと友人に頼むのも気が引ける。

「……十分うれしそーだし、いっかぁ」

 長い間続いている猫と烏の因縁。しかしその間、烏は一度たりとも猫に勝ったことがない。負けっぱなしの屈辱を振り払う為、意気込んだ烏たちの声が体育館中に響いた。







 そして音駒高校との練習試合当日。場所は烏野総合運動公園にある球技場だ。音駒は此処の運動公園を拠点に、宮城に滞在中は連日他校との練習試合を行っていたらしい。そしてその最終日が我ら、烏野高校になる。

「うふふ〜久々の練習試合ですよ〜」
「そっか、青城の時には居なかったもんね」
「たのしみたのしみ〜」
「ふふ」

 嬉しそうに言うアリスの足取りは軽く、少し弾みながら歩いているおかげで肩から下げているポシェットがぽふんぽふんと跳ね上がっている。表情こそ出ないものの、それがアリスの嬉しさを表しているようで潔子は可笑しそうに笑った。

「潔子さんが笑っておられる」
「東雲も笑顔こそ作らないが楽しそうなのが伝わってくる。あそこが楽園か」
「おいそこのバカ二人、前見て歩け」

 そんなマネージャー二人を何やら悟り顔で眺めるバカ二人もとい、西谷と田中。二人の視線を感じてはいるものの、全く動じずに反応する気配を見せないマネージャー陣。

「……なんか、華やかな香りしますね〜」
「うん……ラベンダーかな……」

 それは前方にいる烏養コーチから漂ってくる香りだった。

 球技場が見えてくると同時に、澤村から集合の声がかかる。流石運動部、その一言で並足だった彼らはダダダッと勢いよく並んで集まった。潔子とアリスの二人は隣には並ばず、彼らの後ろからそれを眺める。

「……?向こう、マネージャーいないです?」
「どうだろう……中で準備してくれているのかも」
「なら手伝った方がいいですよね〜」
「そうだね、挨拶もしたいし」
「じゃぁ、一足先にバビュン、と手伝ってきますね〜」

 烏養と武田先生に断りと入れ、こそこそと館内へと向かうアリス。その背中をこっそり盗み見ている一つの視線には気付かずに。