町内会チームのセットポイント、トスを託されたのは東峰だった。地面を蹴って、体を逸らす。しかし次の瞬間、目の前に飛びついてくる影があった。

「わぁ、すばしこい〜」

 とんでもない反射神経とバネで、あっという間に東峰の目の前に飛びつく。が、東峰のパワーの方が上で、そのブロックはいとも簡単に弾かれた。

「ブロックはザルかなぁ〜。でも、突然目の前に来られたら、意識しちゃいますね〜」

 それはきっと、間近で見ている東峰が一番感じたことだろう。

「いいな、いいな〜」

 そわそわと体を揺らすアリスに、潔子はくすりと笑った。

「足の調子はどうなの?」
「変わりはないですよ〜、良くも悪くも。でもちょっとくらい混ざりたいです〜」
「これが落ち着いたら、だね「日向!!?」…え」

 澤村の焦った声が聞こえてすぐ、日向の顔面に思い切りボールがぶつかった。部内No.1のパワーを持つ東峰のスパイクを、顔面に受けたのだ。直ぐに日向の周りにわっと人が集まった。

「日向大丈夫か!?」
「っ……う〜〜〜っ」

 痛そうに額を抑えている日向。マネージャー二人はすぐ隣に腰を下ろして様子を伺った。

「鼻血は出てないみたい」
「目ぇ大丈夫〜?見える?これ」
「っだ、だいじょうぶ、ですっ」

 アリスがひらひらと目の前で手を振ると、額を抑えながらゆっくりと体を起こした。意識はしっかりしているようだ。念の為休憩を薦める澤村を遮る日向。顔面レシーブには慣れているとは一体、と思いながらアリスはゆっくり立ち上がる。

「続行するにしても、念の為冷やすもの持ってきますね〜」
「うん、お願いアリスちゃん」
「はぁい」

 影山の隣を通り過ぎた時、とんでもない威圧感のオーラが溢れていたのを気にしながらアリスは体育館を後にした。







 アリスが体育館に戻ると、出てきた時の殺伐とした空気がなくなっているような気がした。ちょうど町内会チームの人がサーブを打つようで、ピーッと甲高いホイッスルの音が聞こえる。フッと高く放られたジャンプトスに、軽い足取りでジャンプする。

「あ、ジャンフロだぁ」

 緩い速度で軌道を進めるボールは日向がレシーブを構えている直前で、くん、と突然勢いを殺して落ちた。ボールの軌道が変わったことに驚いて腕を構えたまま追うように前屈みになるが、それは間に合わずにボールは床へと落ちた。日向も顔面から床に滑り落ちた。先程顔面レシーブを受けたばかりだというのに、そのうち鼻がなくなってしまうんじゃなかろうか。

「ナイッサ〜」

 声をかけながら潔子の元へと戻る。

「日向、どうです〜?」
「問題はなさそう。ありがとね」
「いえいえ〜」

 嶋田のジャンプフローターサーブにより、高校生チームは翻弄されていく。不規則に変わるボールの軌道に戸惑ってばかりだ。しかし、高校生チームには澤村がいる。ふわり、とレシーブされたボールは影山の頭上へと上がる。助走に入った日向に対し、向こうのブロックは三枚と完全に警戒を示していた。が、それが罠だった。

「ぬあっ?!」
「やべっ」

 三人が日向のブロックについていたおかげで、レフトにいた田中は完全にフリーだった。それを見逃す影山ではなく、ブロックを嘲笑うかのように抛物線を描いたトスが田中へと上げられる。しかし、高校生チームに澤村がいるように、町内会チームには西谷がいる。烏野の守護神が。

「ナイスレシーブ〜」

 ボールの勢いを完全に殺したレシーブで上がったボールは烏野のエースへと繋がれる。トスを呼んだ東峰の一声で、次の瞬間には鋭いスパイクが高校生チームのコートへと叩きつけられていた。







「いや〜よくわかんないけど青春だったな〜」

 セットカウント2-0で町内会チームが勝利を収めた。時間も時間の為、急いでクールダウンと片付けが行われる中、タオルを渡して歩いていたアリスの耳にそんな言葉が入ってきた。西谷たちのことかな、と聞いているとそれは半分正解。どうやら影山と日向も熱い青春を見せていたようだった。

「え〜何々、そんなかっちょいーこと言ってたの〜?わたしが居るときに言ってよ〜」
「なっ…!いや、あれはっ、そのっ」

 からかいを滲ませて影山に近づく。タオルを受け取りながら影山は気まずそうに視線を泳がせていて、それが一層アリスの悪戯心を刺激する。

「はいはい東雲、後輩イジリはそこまでな」
「まだ始めたばっかりです〜」

 見兼ねた澤村が止めに入る。影山が冗談に慣れていないのは言わずもがな、加えてアリスが真顔で物を言うものだからどう反応をすればいいのかしどろもどろになっている。

「おーい、終わったら集まれよ」

 クールダウンを終え、町内会チームの方々を見送った後、烏養が散らばっていた部員たちを呼び集める。

「とにかくっ!レシーブだ!」

 烏養が開口一番に言った言葉に、アリスは確かになぁ、としみじみ思った。三年生は培ってきた時間が長い分まだ安定しているが、1、2年のレシーブはまだまだ及ばない。いくら凄腕リベロが居たとしても、たった一人で全てを受け止めることは出来ない。全員が一丸となって繋ぐのがバレーなのだ。







「じゃあお前ら、気をつけて帰れよ」

 烏野生の通学路にある坂ノ下商店の前で烏養に見送られ、試合で疲れてクタクタの部員たちがぞろぞろと歩き出す。坂ノ下商店から暫く歩いたところに十字路があり、そこからは各々自宅の方角が分かれている。

「お前ら、寄り道すんなよ」
「じゃあねアリスちゃん、お疲れ様」
「はぁい、潔子せんぱい、また明日〜」

 澤村がじとり、と騒がしい面々へ圧を送っている横で潔子がアリスに手を振り、アリスもそれにひらひらと両手を振って返す。

「東雲、いくぞー」
「はぁい」

 それぞれの背中を見送っていると、菅原がアリスに声をかけて催促する。同じ方角なのはこの二人だけで、何かお互いに用事がない限りは必ず菅原がアリスを送っている。
 時刻は夜の8時を過ぎていて、あたりはすっかり暗がりに包まれている。道を照らす街灯に導かれた蛾が近付き、ヂヂ、と焼ける音がした。

「なんか、なんとか丸く収まった感じです〜?」
「そうだなぁ。これでやっと、一つになれた」

 西谷と東峰については見ていたからわかっていたが、アリスが抜けていた間に何かあったらしい日向と影山。それとなく菅原に聞いてみると、心底嬉しそうに優しく笑っていた。その目には力強さが戻っている。

「……へへ、スガせんぱい嬉しそうです〜」
「そりゃあな〜。でもそれは東雲も同じだろ?随分はしゃいでたじゃん」
「だってあんなの初めて見ましたよ〜。だいぶめちゃくちゃですけど」
「ははっ、だよなー」

 あの滅茶苦茶な速攻を思い出して、アリスはまたそわそわとしだす。

「打ってみたい?」
「はいっ あんなトス、そうそうないですよ〜」

 影山の針の穴を通すような精密で大胆なセットアップ。元スパイカーとして、それを体感してみたいと思うのは当然だった。同じセッターというポジションである菅原も、素直に影山の技術は凄いと思うし、羨ましい。今後の烏野のことを考えると頼もしく感じるが、同時にやりきれない嫉妬も、少しはあった。あの一回でアリスを引き込んだことも、羨ましい。

「でもやっぱり、スガせんぱいのトスも打ちたいなぁ」
「 !」

 でも、アリスの一言はその小さな嫉妬もかき消した。同じコートに立つことはないにしても、スパイカーからトスを求められることはセッターにとって嬉しいことだ。

「ん、いつでも上げてやんべ!」
「やったぁ」



title:魔女様