「だからもう一回、トスを呼んでくれ!」

エース!



 西谷の熱い思いが体育館中に響く。床に叩きつけられると思われたボールを寸前で繋ぎ、菅原が急いでボールの落下地点へと回る。普段の菅原ならば、ここからレフトへのトスで攻撃に繋ぐ。しかし、レフトにいるのは東峰だった。いつかの光景が頭を過ぎり、菅原の判断を鈍らせる。その緊張感はコートの外にいるアリスにも伝わり、思わずぎゅっと拳を握った。それでも、もう一回と望まずにはいられずに口を開こうとしたが、それよりも先にネットを挟んだ向こうに居る影山が声を上げた。決まるまで、と。

「せんぱい……」

 菅原にはまだ迷いが見える。そしてその視線が後ろにいる嶋田さんへと移され、トスを上げる先が決まった。しかし、菅原の中に燻っていた迷いを吹き飛ばす声が響いた。

「もう一本!!!」

 トスを求める、エースの声。ちらり、と隣にいる潔子に目を向けると眩しそうに目を細めて東峰を見つめていた。それは潔子だけではなく、東峰とネットを挟んだ向かいにいる澤村も同様だった。東峰の頭上に丁寧に上げられたトス、思い切り踏み込んで、地面を蹴り上げ、繋がれた思いを。

ガガガンッ!!!

打ち抜く。

 三枚のブロックを貫き、東峰のスパイクは相手コートに叩き込まれた。東峰の持つパワーの凄さを示す強烈な音に見ていた武田先生が興奮している声が聞こえる。でも、興奮しているのはアリスも同じだった。

「ナイスキー!です〜!」

 ぶんぶんと勢いよく手を振って称えると、気恥ずかしそうに東峰が手を振り返した。コートの中にあった気まずい空気は払拭され、以前の烏野らしい雰囲気が戻ってくる。

「みんな、良い感じですね〜」
「うん、そうだね」
「……潔子せんぱい、よかったですね」
「……うん」

ほんとに、よかった。

 潔子の小さな安堵はアリスにしか聞こえなかった。

 さて、7-5と依然町内会チームがリードをしている。東峰が復活した今、高校生チームの状況は厳しくなる。先程の日向影山の速攻は確かに凄かったが、チームメイトとしてはまだまだ浅い彼ら。入ったばかりの一年生たちが、どう動くのか。レシーブが乱れ、すかさず影山がカバーに走る。

(無難に田中かなぁ)

 まだコンビネーションが整わない今、特殊な動きは出来ないだろう。……とアリスが思っていると、視界にちょこまかとコートを横切る影が見えた。ボールを目で追っていた為にその影が何か気付くより前に、あっという間にボールが相手コートに叩きつけられた。

「……おぉ〜???」

 ぽかん、としたのはアリスだけではなかった。そして、みるみるうちに頬が紅潮し、いつも一つに結ばれている口角が上へと持ち上がる。

「せんぱいっ、せんぱい!今のやばいです〜!!!」
「ふふ、絶対その反応すると思った」
「今年の一年、面白すぎです〜!わー、コートで見たい〜っ」

 烏養が日向に詰め寄る中、アリスはすっかり人が変わったようにテンションが上がっている。

「わー、東雲のやつ、すんごい笑顔。久々見たわー」
「いや、でも今のは確かにびっくりしました!翔陽すげーな!」
「大袈裟言ってるわけじゃなかったんだなぁ……」

 東峰がスパイクを決めた時以上のハイテンションを見せるアリスに、菅原もつられて嬉しそうに笑う。アリスと同じく日向影山の超速攻を初めて見た西谷と東峰も驚きを隠せなかった。先程の速攻も凄かったが、今のは完全に予測が出来ないトリッキーな動きだった。

「もっかい〜、もっかいやって〜!」
「はわわっ!か、影山!美女がもう一回って!」
「うるせぇ、浮かれてんじゃねーよ。いいとこにいれば上げてやる」

 アリスの興奮した声援を受けながら着々と試合は進む。両者に優れたポイントゲッターがいる為、互いに攻守を譲らない。が、やはり町内会チームの方が場慣れしている分試合運びを冷静に見ている。それは確実に試合内容に影響し、気付けば町内会チームのセットポイントを迎えていた。