「うっ……」

 体に感じる鈍い痛みに顔を歪ませながら立ち上がる。少しぐらつく視界を元に戻すように頭を軽く振ってから顔を上げると、近くに黒い煙が立ち昇っている事に気付いてハッとする。慌てて近付くと、自分は少し小高い丘に居たようで、更に下の方で劇場艇プリマビスタが哀れな姿で見つかった。

「プリマビスタが……くそっ」

 船から投げ出されたものの奇跡的に擦り傷程度で済んでいた為に動きに支障はない。ジタンは急いで丘を駆け降りて船まで走った。タンタラスの皆は…ガーネット姫は……スノーは無事なのだろうか。逸る気持ちのまま足を動かすと、船の外に見知った影を見つけて張りつめていた息が少し緩んだ。その影は近付いてくるジタンの気配に気づいてこちらを確認すると、同じように安心した表情を浮かべている。

「やっぱり生きてたずらね、ジタン!」

 この特徴的な語尾をつけて話す男はタンタラスのメンバーの一人、シナだ。

「飛行中の飛空艇から飛び降りるなんていくらジタンでも無茶しすぎずら」
「墜落の衝撃で吹っ飛ばされたんだ。そんなことより、他の皆は無事なのか!?」

 確かにいつも無茶をしている自覚はあるが、流石に状況は見極めている。己のことよりも他が気になるジタンの問いに、皆悪運が強いから大丈夫だというシナの言葉に肩の力を抜く。が、シナの表情に含まれている焦りに何故か背筋にひやりとしたものが伝い、すぐにその嫌な予感は的中した。

「このままじゃつるし首になるずら、ガーネット姫が何処にも見つからないずら!スノーも!」
「部屋にいたはずじゃないのか?!」

 ガーネット姫は自分と同じように甲板に居た、もしかしたら気付かないうちに投げ出されてしまったのかもしれない。しかし彼女は、スノーは部屋で休んでいたはずだ。

「部屋はもぬけの殻だったずら。飛空艇が揺れた時に驚いて部屋を飛び出しちゃったのかもしれないずら」
「そんな、まだしっかり歩ける状態じゃないってのに……!」

 スノーを見つけた時に彼女がどれだけ衰弱していたのかはわからないが、少なくともコップをまともに持てないほどに力が入らないことはわかっていた。ならばまともに立っていることだってままならないはず。なのに、そんな状態で、ましてや墜落中の飛空艇内を歩くだなんて無茶だ。でも、少し……そうなんじゃないかとも、思っていた。

「……オレは二人を探しに行ってくる」
「気を付けるずら。これ、スノーを見つけたら渡して欲しいずら」
「あぁ、わかった」

 預かったのはただの水筒だ。入っているのも、恐らくただの水。あの時良い飲みっぷりを見せたスノーの為に、飲みやすいように用意していたものだ。落とさないようにしっかりと腰に括り付けると一目散に森の中へと駆け出した。走りながら、ギリ、と奥歯を噛んだ。

 あぁ、やっぱりあの時見えた“白”はスノーだったんだ。







「どうしよう……」

 ジタンが二人を探しに森に入った同時刻、スノーは木の幹に寄り添うように座っていた。ジタンを探しに歩き回って、漸く見つけることが出来た。が、見つけたその瞬間、その人は船の外へと投げ出されてしまった。ヒュッと胸を押しつぶされる感覚がして目を見開く。投げ出されてしまった彼との距離は遠く、届くはずもないのに思わず手を伸ばしていた。声を出すことを再開したばかりの喉を痛いほどに駆使して叫んだ彼の名前もまた、届くことはなかった。そして不安定に揺れる飛空艇にスノーの体が対応できるはずもなく、ジタンに続くようにいとも簡単にスノーの体も投げ出されてしまったのだ。幸いなことに、落ちた先には木があって枝がクッション代わりになって落ちたために落下のダメージは抑えられた。それでも、病み上がりなスノーの体には堪えたが。

「どうしよう……」

 次いで出た同じ言葉はまさに彼女の心境そのもので、ほとほと困り果てていた。右を見ても左を見ても木に囲まれていて方角が全くわからない。空を隠すように覆う葉の所為で不気味なほどに辺りは暗い。木々の隙間から月の光が零れてはいるものの、足元が見える程度で歩き回るには心許なかった。薄暗い場所に一人ぼっち。不安と恐怖で足が竦んでしまったスノーは、その場から動くことが出来なかった。

「ジタンっ……」

 苦し紛れに呼んだその名前は震えていて、今にも空気に溶けてしまいそうな程だった。その時。

ガサガサッ
「…!!」

 奥の方から草を乱雑に踏みしめる音が聞こえた。その音は段々と近付いているように感じる。迷いなく、スノーがいるこの場所へ。

「っ……」

 スノーの頭の中は恐怖でいっぱいになった。全身の血の気が引いて、体が震えているのがわかる。どうしよう、どうしたら……逃げなきゃ、でも体が思うように動かない。あぁ、動け、動け……!
 身を巣食うような恐怖と必死に戦いながらガチガチに震える体を動かそうとする。すると、震える手に何か硬いものが当たった感触があった。驚いでバッと顔を向けると、そこにあったのは美しいハープ。U字に模られた縁の中に複数の弦が張られているシンプルなもので、片手で持てるほどに小さなものだ。思わず現状も忘れて見惚れていると、再び聞こえた踏みしめる音で意識が現実に戻される。意を決したスノーはハープをぎゅっと握り、震える両足に力を込めて何とか立ち上がった。

 音は、数歩先までに近付いていた。