漸く目が覚めた女の子はまだ体力が回復しきっていないようだが、何とか話を聞くことは出来そうだった。

「そういえば、あの球体はなんだったんだ?君を出した後に消えたみたいだけど」
「……球体……?」

 早速、見つけた時から気になっていたあの球体について聞いてみた。球体の中に入っていたのだから、誰によって入れられたのか、はたまた自分からあったのか、どういった力があって移動していたのか、とか。何かしらの情報がわかると思った。しかし予想に反して、女の子の反応は鈍かった。答えたくないんじゃなくて、何について話しているのか全く分からないといった反応だ。やはり、無理矢理押し込まれたのだろうか。あまり嫌なことを思い出させて怖がらせたくはないが、何があったのか少しでもわかれば助けられるかもしれない。状況がわからなければ、対策も練られないのだ。
 と、その前に。

「そうだ! オレの名はジタン。君のお名前は、レディ?」

 いつもの調子で聞いてみた。気を良くして答えてくれるも良し。冗談のように笑いながら教えてくれるも良し。中には軟派を嫌う当たりの強い子もいるけれど、見るからに大人しそうなこの子に限ってそれはないだろう。さて、どんな麗しい名前なのだろうかと返答を待ってみるが、一向に答えは返ってこない。あれ、もしかして別のパターン?

「えっと……」
「……あの……ごめんなさい、名前……」

 わからないの。その返事に驚いた。別のパターンどころか、初めての反応だ。でも、そうか。自分の名前すらもわからないのなら、他のこともわかるわけない。同時に、記憶を固く固く閉じ込めてしまうくらいの出来事がこの女の子の身にあったのかと思うと胸が苦しくなった。名前も思い出せないんじゃ、何か有力な手掛かりになりそうな事も覚えていないんだろうな。

「大丈夫、きっと思い出せるさ」

 不安そうな表情を浮かべながらこくりと頷いた。あぁ、そんな顔が見たいんじゃない。さっきみたいな、嬉しそうな笑顔が見たいんだ。女の子は、やっぱり笑顔が一番だろう?

「オレに任せてくれよ。君がちゃんと名前を思い出せるように、オレが手助けするからさ!」

 どん!と胸を叩いて宣言してみせる。その様子に、女の子は眉を下げたままではあったが、笑ってくれた。そうだ、最初に助けようとしたのはオレなんだ。助けたからには、ちゃんと面倒を見る。それ以前に、困ってる女の子を放っておくなんて出来ないんでね。ただ。

「う〜ん……でも、呼ぶ名前がないと不便だよな」
「ジタンの好きに、呼んで?」
「オレが考えていいのか?」
「うん」

 それは責任重大だ。変な名前は付けられないな、やっぱり綺麗な名前が良いよな。腕を組んだり、指を顎に当てたりしていつも以上に真剣に考える。考えながらじっと女の子の顔を見つめていると、熱視線に戸惑うように視線が揺れたあと、恥ずかしそうに微笑んだ。……可愛い。

「……決めた!」

 何々?と女の子はわくわくしたように首を傾げた。



「雪みたいに真っ白で綺麗だから……“スノー”なんてのはどうだい?」







 スノー。それが新しい名前。

 何も覚えていないことに不安でたまらなかったのに、ジタンにその名を与えられた瞬間、心がとても暖かくなった。ふわふわと行き場を失って漂っていた私の、落ち着ける居場所を与えられたような気がした。

 名前を貰ったあと、色んなことを教えてもらった。今私がいるのは“劇場艇プリマビスタ”と呼ばれる飛空艇の一室。これから“アレクサンドリア王国”で演劇を披露する為に向かっている最中である。私はその途中でジタンに見つけられたらしい。それと、“劇団タンタラス”として王国に向かっているようだが、本職は“盗賊タンタラス”らしい。今回、“劇団”として王国に乗り込んで、“盗賊”としての仕事があるようだ。盗賊と聞くとガラの悪いならず者を想像するが、ジタンを見るにそんな物騒な集団ではないのかと思ってしまう。実際、ジタンから教わっている最中に他のタンタラスの仲間たちが様子を見に部屋にやってきた。多少いかつく人相が悪かったものの皆快く名前を教えてくれたし、自分の名前を憶えていないと言えばジタンと同じようにそのうち思い出すだろうと励ましてくれた。ジタンが名付けてくれたと“スノー”を名乗ると、ジタンが名付け親なんかで良いのか?と軽口で笑わせてもくれた。良い人達で良かった……そう思った私は自分で思っていたよりも緊張していたようで、ふっと肩の力を抜くと一気に疲れが浮かんできた。それを悟ったジタンが他の仲間たちをしっしと部屋の外に追い出していった。仕事が終わるまでの間、ゆっくり休んでと気遣いながらジタンも部屋を出て行った。
 先程まで賑やかだった部屋が一気に静かになると、突然淋しさがやってくる。でもそれ以上に疲れているのも事実で、私はジタンのお言葉に甘えて横になって休むことにした。次に目が覚めるときは、もう少し体を動かせると良いな。